今は昔「東証一部上場」

うろ覚えですが、我々が就職活動をする時、一流会社かどうかの基準として東証一部上場会社かどうかが学生には好都合であった記憶があります。内定が決まって皆で「お前何処?」「それって上場しているの?」「お前のところって上場会社の子会社じゃねぇ?」といった具合で上場、特に東証一部というエリート企業っぽいサウンドに振り回されていたと思います。

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あれから上場会社は増えに増えました。また、マザーズという新興市場を経由すれば東証一部上場への近道ということもあり、いつの間にか「あれ、この会社、東証一部上場になっている」ということもありました。

その東証一部上場という言葉が4月で消えます。変わってプライム市場というより厳選された銘柄を中心とした市場、スタンダード市場、グロース市場の三つに再編し、その新リストが公開されました。

それを取り仕切っているのがJPX(日本取引所グループ)という普通の東証一部上場会社であります。営利目的であるため、当然ながら上場会社数を増やす、その為には上場へのハードルを下げるといった緩和が企業政策としては重要でした。その成果もあり、2021年には125社も新規上場し、今年のIPOも3桁数は固いとされています。上場会社数では世界第3位です。しかし、そのほとんどが少子高齢化が進む日本市場をベースにしたスタートアップ企業なのに年間100社以上も上場するような消費市場が存在するのか、そもそもが不思議なのです。

私は過去、何度か申し上げたと思いますが、ニューヨーク市場は上場会社数が減る傾向にあります。東京市場の上場社数は3824社、ニューヨーク証券取引所は約1930社、ナスダックは約3300社です。北米では大陸らしい弱肉強食や合併などで中途半端なところはどんどんなくなり新陳代謝が進むのに対して日本は威勢よく飛び出したスタートアップ企業が万年赤字で低迷するケースも後を絶ちません。

今年、もしもバブル崩壊があるとすればその引き金はSPACではないかとされます。つまり空箱上場した企業という意味ですが、それが意味するものは上場によって資金を募った企業が急激な市場のシュリンクに耐えられず破綻の連鎖をするという意味です。SPACは北米市場が主流ですが、リスク観点という点では日本の弱小資本の上場会社も吹けば飛ぶようなものかもしれません。

2004年まで日本には店頭市場というのがありました。76年に始まった当時、ほとんど出来高がなく「ケ」という気配値を表示した新聞の株式欄があったのを覚えている方はどれだけいらっしゃるでしょうか?制度上は株式の売買は店先で行うOver The Counter (OTC)方式ですが実質は市場制度を導入していたようです。東証はこれをジャスダック市場という形で売買システムに乗せ、ビジネスとして進化させました。

当時、店頭市場の価格は値動きが激しく、一般の人は買ってはいけない銘柄だとされました。それは株式の流通量が少なく、値が飛びやすいこともありましたが、それ以上に企業規模が小さく、企業業績がぶれやすいというリスクの方が多かったのです。それを東証の売買システムに乗せたことで投資家が投資しやすい環境整備をしたという点では日本取引所グループの役割は意味がありました。

但し、規模が小さい、値がぶれやすいという点は改善されるどころか、もっと悪くなったというのが実情かもしれません。それは新興市場特有の値動きの荒さを利用したセミプロの投機対象、つまり平たく言えば「株価のおもちゃ化」を進めたことで勝者と敗者を明白にしたのです。日経でも時々、手持ち資金〇億円のセミプロ投資家の投資スタンスなるものを紹介していますが、それらの人は勝ち組で多数の負け組を踏み台にした点は否めないのです。投機は勝ち負けかもしれませんが、投資は勝ち負けではないというマネーへの理解度が低いともいえます。

証券取引は開示された情報を基に企業理念や事業、業績をベースに行うもので健全な取引価格形成は様々な投資家の目線や立ち位置が混ざり合う「がっぷり四つ」になるのがベストです。例えばアメリカの市場を見ていると市場参加者があまりにも多岐にわたっています。ファンドや機関投資家をはじめ、個人でも401Kの年金ベースもあるし、通常の個人投資家もいます。ヘッジファンドのような売りから入るマネーもあるし、国内外の年金基金も多大なる資金を投じています。

日本では株式投資=怖い、損をするかもしれないというイメージが非常に強く残ります。バブルの余韻はさすがに減ったとしても不安感が高い日本人の特徴と掛け合わせるとやっぱり減らない普通預金を選ぶという家庭は多いでしょう。家計を握る大蔵大臣である奥様は投資と競馬が同じぐらいの感覚なのかもしれません。

とすれば日本で証券をより健全化させ、投資家層を増やし、日本版ADRをもっと増やし、銘柄的に面白く、健全な値動きになるように取り組むことが大事でしょう。ニュースを見ていると外国からの投資がより魅力的になるように、などと言っていますが、これは酷い内容で、日本取引所グループが日本の健全な投資家を育成する重大な役割を持っており、インフラ的要素も強いのですから規模や利益追求ではなく、国内の健全な投資家育成と企業育成に努めてもらいたいものです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年1月12日の記事より転載させていただきました。