維新の頭脳「政策マエストロ」とのご縁と、いくつかの偶然

こんにちは、音喜多駿(参議院議員 / 東京都選出)です。

本日は浅田さん(浅田均・前政調会長)と少人数でご飯を食べていて、ここ2年間の思い出話なんかをしておりましたので、今日はその点について書いてみます。

「維新の頭脳」「政策マエストロ」とも言われる浅田さんから間近で、充分な薫陶を受けられたのには、いくつかの偶然が重なったことも大きかったなあと。

・当選後、政調会に入った
・議員会館でフロアが一緒だった
・解散総選挙が任期間近まで伸びた

など。

浅田さんがいつから私に目をかけてくださっていたのかは不明ですが、参議院に当選後にまず国会議員団政調会にアサインされたところから、一緒に仕事をする機会が生まれ。

この政調会へのアサインは、一説にはやながせさんが断ったからお鉢が回ってきた説もあります(笑)。それもまた縁。

そして浅田さんとは、たまたま参議院会館でフロアが一緒です。

物理的な距離というのはそう言ってもめちゃくちゃ重要で、何かあると内線もかけずに気ままに「浅田さんいますかー?」といける距離にいる。

逆に喫煙所帰りの浅田さんがふらっと私の部屋に現れて、政策談義をして帰るということもよくありました。

そして極めつけは、衆議院解散総選挙が任期間近まで引き伸ばされ、マニフェストを作る時間が長くなったこと。

2020年の秋にも選挙かと突貫工事で作っていた「維新八策2020」は、解散総選挙が伸びたことで「維新八策2021」に。おかげで、浅田さんのもとで政策を練り上げる充分な時間を確保することができました。

政策というのは奥が深いもので、読み返すたびに

「…あれ、そもそもなんで我々は、この政策を主張するに至ったんだっけ?」

みたいなことが沢山出てきます。

そうなった時に身近に生き字引のような方がいることで、維新の考え方が心底まで叩き込まれ、(ある程度の)自信を持って「維新の理念・政策とは斯々然々である」と言えるだけの知識・経験を獲得することができたわけですね。

そんな浅田さんとの具体的な思い出で良く覚えているのが、最初に事務局長をやって作った「防災PT」の提言書に対してめちゃくちゃ的確に怒られたこと

「これ、とんでもない悪文やで!!」

と怒られながら、まあPT長の指示とか色々と言い訳はあったんですけど(苦笑)、ここまできちんと文章や政策に向き合ってくださる方がいるのだなと感銘を受けました。怒られてるのに。

そこから、文章や政策に対して妥協はしてはいけないという信念を持つようになり、今に至る。

とまあそんな思い出話を動画でも語っています。

最近は色々と大変なことが続いていますが、浅田さん以外の方からの励ましもあって、明日からまた頑張ろうと思える一夜でした。

それでは、また明日。


編集部より:この記事は、参議院議員、音喜多駿氏(東京選挙区、日本維新の会)のブログ2021年1月12日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は音喜多駿ブログをご覧ください。