ラブロフ外相の訪日は中止にするべきだ

ロシアのラブロフ外相は年頭記者会見にて「今後2~3カ月のうち」に日本を訪問して、林外相と会談する意向があることを明らかにした。議論する内容としては、日露間の懸案事項である領土問題についてであり、それに加えて平和条約への道筋をつけることも議題としてあげられる予定だ。

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この声明に対して、日本政府側から何も否定的なコメントも出てきていないため、ラブロフ外相の訪日は既定路線として日露間で認識されていると理解してもよいであろう。

しかしながら、筆者は近い将来にラブロフ氏の訪日を認めることに反対である。理由の一つはタイミングの問題であり、もう一つは訪日を認めることの含意を懸念しているからである。

ウクライナ情勢を注視するべきだ

まず、ウクライナ情勢が緊迫化しているタイミングでなぜロシアに対して宥和的な姿勢を取るのかが筆者には理解できない。ロシアは21世紀に入ってから、ジョージア侵攻し、クリミアを併合して、ウクライナ東部で軍事攻勢を仕掛けているといったように、力による現状変更を幾度となく繰り返している。

さらに、それだけでは懲りずに、最近ではウクライナとの国境付近に大勢の軍隊を集めて、ロシア側の主張を西側が飲まなければ大規模なウクライナへの侵攻を示唆している。

国際社会の原則として一方的な現状変更は絶対に認められないし、それを防ぐために国際社会は協力し、実際に現状変更に及ぶ国が出現した場合は制裁が加えられなければならない。そのように国際社会が機能しなければ、力のある国の主張が通り、強権的な国家が世界を支配する布石を作りかねない。それゆえ、ロシアの最近の行動に対し、注視するだけではなく、それを抑えるために積極的な行動が求められる。

しかし、上記の国際社会の原則と照らし合わせれば、ラブロフ外相の訪日を許すことは、現状変更国であるロシアの蛮行を食い止める包囲網から抜け道を作ることを意味する。さらに、日本が宥和的であるというメッセージを出してしまえば、西側が一体ではないというイメージをロシアに与えてしまい、ロシアの行動を勢いづかせる懸念がある。

そのため、エスカレートしているロシアのウクライナでの挑発行動を考慮すれば、現時点でラブロフ外相を日本に呼ぶことは間違っていると筆者は考える。

欧州抜きでは中国に対抗できない

さらに、ラブロフ外相を日本に迎えることは、ロシアを勢いづかせるだけではなく、欧州諸国との関係にも深刻な影響を与える恐れがある。

よく日本人は欧州諸国が中国の脅威に対して関心が無いことを批判しているが、欧州者国からすると日本がロシアの脅威を過小評価していることに不満を覚えている。それもそうである。ロシアが欧州の目と鼻の先で軍事行動を実施している最中で、呑気に秋田犬をロシアに送って、経済支援をアメとして領土問題についての妥協点を探そうとしている日本の姿がダブルスタンダードに見えてしまうのは当たり前のことだ。それゆえ、ラブロフ外相の訪日を許すことは欧州の日本に対して持っている猜疑心を増長させることにつながり、日欧関係がさらにギクシャクする可能性がある。

日本が中国の脅威に直面している状況で、欧州との関係は犠牲にはできない。従来の日本の安全保障はアメリカの拡大抑止によって担保されてきた。しかし、アメリカは全盛期と比べると衰えてきており、社会の分断はアメリカが同盟国の下へ迅速に駆けつける意欲を減少させている。そして、アメリカの足元を見た中国は力の空白を埋めるかのように南シナ海は我が物顔で支配し、台湾の併合に向けて実力を蓄えつつある。

このように、崩れつつある日本を取り巻く東アジア情勢のパワーバランスを安定させるのが欧州諸国の存在である。中国の脅威は欧州も日本ほどでは無いが感じ始めており、日本へ戦艦などをイギリスフランスが派遣していることがその証左である。そして、欧州と日本の安全保障面での協力が緊密化すればするほど、アメリカを補填するだけの大きな塊が出現し、中国の現状変更の意図を打ち砕くことが可能になる。

だが、日本が欧州の不利益になりかねないロシアとの接近を進める限り、欧州が中国に本気で対抗する未来は見えない。そして、台湾侵攻が6年以内に起きる可能性が高いと言われている現在、北方領土問題を後回しにして、対中抑止の充実を最優先課題として日本は取り組まなければならない。それゆえ、日欧関係を発展させるために、日本も欧州諸国と足並みを揃えて、ロシアの行動を牽制しなければならない。その手始めとして、ラブロフ外相の訪日は取りやめてもらわなければならないのである。

日本は自らの行動を客観視するべきだ

このように、今のタイミングでラブロフ外相が日本に来ることは、計り知れない悪影響があると筆者は考えており、日本の外交上の戦略を狂わせる可能性がある。筆者はロシアとの外交のチャンネルが絶えず開いている状態が望ましいと思うし、状況が改善すればラブロフ外相の訪日も認めても良いと考えているが、今はその状況では決してない。

そして、このような結果を引き起こす懸念がある決定を日本政府がしようとしている背景には、日本政府が自らの行動を客観視できていないことが関係している。日本政府の目からみれば、純粋に国益を追求しているだけかもしれないが、それは時にはダブルスタンダード、もしくは自己中心的だと映る場合がある。まさしく、今回のラブロフ外相の件が国際社会にそのような印象を与えかねない。

以上のことから、日本政府は「他国からどう見られているか」「本当に国益に基づいた外交ができているのか」今一度考える必要があるのではないか。