「CO2から燃料生産、『バイオ技術』開発支援へ・・政府の温暖化対策の柱に」との報道が出た。岸田首相はバイオ技術にかなり期待しているらしく「バイオ技術に力強く投資する・・新しい資本主義を開く鍵だ」とまで言われたとか。
果たして、そうなのだろうか? 筆者は長年、バイオ技術とつき合ってきた。学生時代の学位論文テーマはバイオマスのエネルギー利用可能性の評価研究だったし、メタン発酵や生ゴミ堆肥化などの実験研究も行い、言わば、ソフト(計算や評価研究)とハード(実験研究)の両面から関わってきた。
これは、工学研究にハード(=実験的研究)は必須である(←シミュレーションなどのバーチャル系だけでは現実を捉えきれない)一方、その技術開発にどんな意味があるかを決めるのはソフト的(=文系的な評価等の非実験)研究であるから、両者ともに欠かせない、との考えによる。
定年後も論文執筆は続けており、昨年5月にもカナダの学術誌(I.F. 13台)に生ゴミの堆肥化過程における微生物叢解析の論文を載せた。その関係で、来年1月に札幌で開かれる国際学会に講演を依頼されている(参加するかどうかは未定)。
そのような背景を持つ筆者の目から見て、上記のような動きはどのように見えるだろうか?今回の「バイオ・ブーム」の特徴は、主に二つあると思う。
一つは「歴史は繰り返す」、もう一つは「水素への偏愛」である。
1. 歴史は繰り返す
バイオ技術が「ブーム」となったことは、過去に何度かある。筆者が関わり始めた時期は石油危機以後の「バイオマスエネルギー・ブーム」が全盛期で、バイオ燃料(日本では主にバイオエタノール)関係の国策プロジェクトが次々に始まり、筆者も遠路はるばる宮古島までプラント見学に出かけたことがある。
次に有名なのは医薬品関係の「バイオ・ブーム」で、大学発その他のベンチャー企業が多数参入し、バイオ系新薬開発にしのぎを削った。しかし、バイオ・ブームはいずれも長続きしなかった。大きな理由として、バイオ技術の実情を知らない投資家たちが過大な期待をして、短時間に大きな成果を求めたが、現実はそう甘くはなかったことがある。
バイオ技術の開発には、地道な基礎研究が要る。バイオと言っても多様であり、酵素・タンパク質などの物質的研究から、微生物・ウィルス、細胞(動植物)、組織(筋肉・皮膚・臓器等)を経て個体(動植物、人間なら医薬学系)に至る種々の段階がある。どの段階にも言えるのは、生命現象には非常に多くの因子が関与するため全てが複雑で、何かの挙動(応答現象など)一つを見るにも、その解析には多くの時間と労力を要することである。生命体は、何しろ複雑系だから。
単細胞微生物の代表である大腸菌一つにしても、全長僅か1ミクロンほどの菌体の中に、5000種以上の物質と4000以上の遺伝子を含んでいる。しかもそれらは整然と合目的的に構造化され、機能している。細胞膜表面には各種センサーや輸送タンパク質が組み込まれ、細胞運動を司る「鞭毛」の根元には「軸受け」に相当する構造まで据え付けられている念の入りようだ。細胞や微生物の構造を調べるほどに、一体誰がこんなものを作ったんだ?と驚嘆する他ないほどの見事さである。
酵母などの真核細胞ともなると、大腸菌などの原核細胞と比べ、体積は約1000倍、構造も格段に複雑になる。酵母ならまだ単細胞だが、人間を始めとする動植物は、その真核細胞が何十兆個も集まった超複雑体である。それらを扱うバイオ技術がそんなに簡単でないことは、少しでも事情を知っている人間にとっては常識であった。
その事情と裏腹かも知れないが、バイオ技術にはしばしば過大な期待が寄せられてきた。大抵、目に見えない物を扱うので、魔法のように見えるからだろう。「スーパーな」酵素とか微生物とか細胞の開発などなど。筆者の専門である生ゴミ処理分野でも「菌屋」さんが現れては「○○菌」は凄いと宣伝し「これさえあれば生ゴミは忽ち消滅します!」と言い張ったものだ。
しかし、上記筆者の論文は、
- 生ゴミ分解の過程で特定の微生物が永続的な支配層になることはなく、常に栄枯盛衰を繰り返す
- 分解過程は種々の微生物の相補的共同作業の結果であり、各々の微生物の栄養特性は全て異なる
ことを明らかにした。すなわち、自然界には「スーパーな」生ゴミ分解微生物は存在しない(「菌屋」には恨まれそうだが・・)。
これと似た事情は、土壌や湖沼水の微生物生態系、あるいは腸内細菌叢にもあるのではないかと、筆者は推測している。
最近「スティーブ・ジョブズの再来」ともて囃された女性起業家の大ウソが発覚した。この人物が発明したとされる「バイオ技術」は、一滴の血液で200種類以上の病気が診断できるとの触れ込みだったが、筆者の考えでは、こんなもん、ほんのちょっと調べたら本物かどうか分かるはずなのに・・?と不思議だった。なぜ、投資家たちは科学的根拠もナシで触れ込みを信じてしまったのか? ごく基本的な科学的思考力さえあれば、騙されずに済んだだろうに(・・実は「水素細菌」に飛びついた人たちも・・?)。
2. 「水素」への偏愛
脱炭素の流れだと思うが、マスコミ等は「水素」とか「CO2を原料」とかの話題には無条件にすぐ飛びつく。今回の水素細菌を使う燃料生産も同じだ。
確かに、水素細菌は水素とCO2を反応させて炭化水素(CnHm)を合成できる。また培養条件によってはグリコーゲンに近いグルコースポリマーを合成できることが知られている。さらに、培養した菌体からタンパク質や燃料も作れるだろう。しかし、水素細菌とは水素(H2)を酸化する菌である。その水素は、どこから持ってくるのか?
考えたら分かるが、そうなると結局、問題は「水素の供給源はどこに求めるの?」に行き着く。これは、以前から筆者が散々書いてきたことである。
ここでの問題点は二つある。
一つは「この反応の本質的な中身」に関わる。CO2と言うのは炭素が酸化された最終段階、つまりエネルギー的には最低の段階にある。これを燃料化するとは、化学的に言えば、CO2を還元してエネルギーを取り出せる段階まで引き上げることを指す。CO2の場合は、酸素(O)を引き剥がすか、水素(H)をくっつけるしかない(化学的には、どちらも「還元」操作)。
CO2からメタン(CH4)を作るメタネーションも、e-Fuel(CnHm)製造も同じである。酸化はエネルギーを放出する反応だが、還元はエネルギー吸収反応である。つまり外から熱などのエネルギーを与えないと進まない。
すなわち、CO2からの燃料生産とは、水素(H2)を消費し、かつ外部から追加のエネルギーを注入して初めて成立する事業である。この点は、細菌を使うバイオ技術でも純化学反応操作でも変わらないし、どんな技術・方策を使っても変わらない。
二つ目の問題は、その場合、微生物を使うのと化学反応を用いるのと、どちらが得か? である。これは工学的な問題で、まずは反応速度と反応器操作設計の難易度、次に原料の調製や反応生成物からの目的物の分離精製法の難易、製造プラントの建設・運営コストなどを詳細に具体的に検討しないと分からない。
筆者の直観では、炭化水素などの簡単な化合物合成ならば、化学反応の方が有利だと思う。水素細菌の培養は簡単でない。有機物で育てる(従属栄養と言う)と、生育は速いが炭酸固定(CO2を有機物にする反応)を行わず、無機物だけで育てる(独立栄養と言う)と、生育速度が小さくなってしまう特性がある。これはどんな微生物にも共通で、自分の身体を作る有機物をCO2などの無機物から合成するのは大変で、最初から有機物を取り込む方が楽だからである(窒素固定微生物も同様で、有機態窒素があれば空中窒素固定は行わない)。
故に、独立栄養生物よりも従属栄養生物の方が一般に生育が速い。現在の地球上では、種類の上では従属栄養生物が圧倒的に多いが、それらは全て独立栄養生物(緑色植物や植物プランクトン、一部の微生物)の作ってくれた有機物に「おすがり」しているのである。
人間などその最たる物で、ベジタリアンだろうがビーガンだろうが、植物その他の生き物を殺して食っていることに変わりはない。彼らは、血を流す動物だけが「生き物」だと思っているのだろうか?大きな誤りである。
バイオが威力を発揮するのは、光合成や生物的窒素固定、各種天然有機物合成のような、超複雑な合成プロセスである。人工光合成の研究も盛んに行われているが、現状では自然界での光合成の方が圧倒的に優れている。
自然界での光合成とは何であるか? もちろん、緑色植物や植物プランクトンの生育である。人間の立場で言えば、農林水産業である。バイオに投資すると言うのであれば、まずは最も大切な食料生産や化学原料供給(紙・繊維その他)にこそ、投資すべきであろう。
すなわち、地道な農林水産業への支援である。一次産業こそが、持続可能社会の基礎だからである。食料なら世界のどこからでも買えると思っていたら、それは甘い。凶作等で食料が不足したら、どこの国も絶対に食料を売ってくれないだろう。念を押すが、絶対に。おカネは食えないから。