東京都の同性パートナーシップ制度の「穴」

松浦 大悟

昨年12月7日、小池百合子都知事は東京都議会本会議において、同性パートナーシップ制度を始めることを告知した。2022年度中に導入するという。

すでに大阪府や茨城県など5つの府県で同様の制度が実施されており、「これに東京都が加われば同性婚の議論が進まない国会にプレッシャーをかけられる」とLGBT活動家は意気込む。

だがそこに落とし穴はないのか。

ゲイを公言している政治家である筆者には、すぐさまいくつかの懸念材料が脳裏に浮かんだ。順を追って説明したい。

1. 男性も「産む性」に

読者の皆さんは、同性カップルというとどのようなイメージを持たれるだろうか。ゲイカップルといえば身体的男性同士、レズビアンカップルといえば身体的女性同士だと想像するかもしれないが、実はそれだけではない。未手術のトランス男性で、なおかつゲイ(体は女性で性自認は男性、性的指向は男性)という人もいるのだ。

昨年、北海道千歳市では、ゲイである未手術のトランス男性が、同じくゲイである生物学的男性の子どもを妊娠・出産した(切ない話だが死産だったという)。もしこのような人たちが東京都の同性パートナーシップ制度に申し込んできたら、断ることはできないだろう。同じゲイである彼らを排除すれば、差別になるからだ。東京都によって正式に「男性」だと認められた人物が赤ちゃんを産めば、男性/女性の概念は大きく変わり、「産む性」は女性だけではないことが広く世間に明示される。

2022年版の三省堂国語辞典では、こうした事態を先取りするかのように、「男」「女」の項目が書き換えられた

■第八版(2022年)※抜粋
「男」…「人間のうち、子種を作るための器官を持って生まれた人(の性別)。男子。男性。」〔生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分はこの性別だと感じている人もふくむ。〕

2014年出版の第七版では《〔法律にもとづいて、この性別に変えた人もふくむ〕》となっていた部分が、《〔生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分はこの性別だと感じている人もふくむ。〕》に手直しされたのだ。

性同一性障害特例法では、戸籍の性別を変更する際には生殖線を取り除くことが必須要件になっているにも関わらず、ここでは「自分の主観」によって性別は決められるのだと書かれている。

「女」の項目は以下のように改変された。

「女」…「人間のうち、子を生むための器官を持って生まれた人(の性別)。」
〔生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分はこの性別だと感じている人もふくむ〕

未手術のトランス男性のゲイがいるように、未手術のトランス女性のレズビアンもいる。つまり、体は男性だが性自認は女性で、なおかつ性愛の対象も女性という人たちだ。男性器は除去していないので、生物学的女性のレズビアンとの間に子どもをもうけることもできる。

このような当事者からの申請を東京都が受理した場合、国の法律と矛盾が生じる。

現在の法律では、婚姻していない男女から生まれた子どもに対しては「認知」することで父親に扶養義務が生じるが、出産したほうではない「母親」にも今後は認知の権限を認めるのか。あるいは逆に、性自認が女性であることを理由に認知を拒否したときはどうなるのか、など。もちろん、出生届の父母欄の改廃、母子手帳の改廃なども議論の俎上に載せられるだろう。

すでにこんな状況も起こっている。戸籍の性別変更前(性別適合手術前)に凍結保存していた自分の精子を使ってパートナーに妊娠・出産させたトランス女性が、自治体に子どもの認知を申し入れたものの却下されたため、昨年、国を提訴した。

仮にこのカップルが東京都の同性パートナーシップ制度を利用していたとしよう。おそらく裁判では、その事実性が証拠として採用され、身体的性別によって認知の可否を決めてはならないという判決が降るのではないだろうか。

《性的マイノリティのカップルを夫婦と同じようにみなすための「同性パートナーシップ制度」》という意味は、こういうことなのだ。なにをもって「同性」とするのか定義がない以上、トラブルの発生は避けられない。海外では珍しくないケースだが、いよいよ日本でも目に見える形で現れるようになってきたといえる。

よく保守派は同性婚反対の理由として「同性愛者からは子どもは生まれない。生殖を前提とする結婚制度には馴染まない」というが、それは古い立論だ。最先端では「妊娠するゲイ」や「妊娠させるレズビアン」が出現しており、社会はさらに錯綜している。同性婚や同性パートナーシップ制度については、以前のような素朴な議論ができなくなっているのである。

日本学術会議は性同一性障害特例法を廃止し、自己申告だけで性別を変えられる「性別記載変更法」を制定せよと政府に提言書を出している。前のめりに見える三省堂国語辞典の言葉の定義変更も、こうしたアカデミアの動きと無縁ではないことは容易に想像できるが、しかしそのような社会的コンセンサスは本当に得られているのだろうか。

性別の再定義という重要な決定が、国民的議論もないまま行われようとしている。筆者は保守の立場から、そのことにとてつもない違和感を覚えている。

2. トランスジェンダリズムに東京都がお墨付きを与える弊害

「私の性別は私が決める」というトランスジェンダリズム思想は、フェミニズムが家父長制を打倒するために主張しはじめた性の自己決定論(「私の身体は私のもの」)から産まれた鬼子だが、今それがブーメランとなって女性たちを苦しめている。

大阪府の商業施設では「性自認は女性だ」と明言する男性身体の人が女子トイレに入っているところを通報された。警察は事件化するかどうか悩んだ挙句、検察に起訴の判断を委ねる「相当処分」の意見を付けて書類送検したという。性自認の真偽を見極めることは、専門家の精神科医でも難しい。これからはトランス女性のなりすましが女子トイレに入ってきても逮捕されなくなるのではないかと、市井の女性たちは大変不安がっている。「性自認」という概念がトランス女性と生得的女性の利益相反を引き起こしているのだ。

大阪府警察本部=大阪市中央区

3. ゲイの定義変更に当事者が憤慨

利益相反になっているのは生得的女性だけではない。昨年ゲイ当事者の間で大騒ぎとなった事案があった。LGBT法連合会がマスコミ向けに発表した報道ガイドラインのゲイ/レズビアンの定義が、自分達の実感とかけ離れたものになっていたからである。それにはこう書いてあった。

LGBT法連合会の報道ガイドラインより

LGBT法連合会の報道ガイドラインより

これまでゲイは「男性を好きな男性」、レズビアンは「女性を好きな女性」のことを指していた。LGBT法連合会はそこに「性自認」という尺度を勝手に持ち込み、意味を改竄してしまったのだ。これは大変困ると当事者たちは憤慨する。

ゲイにはハッテン場など独自の文化がある。こうした場所にも女性身体のゲイを受け入れなければならないとすると、望まない妊娠を「男性」がすることになる。これまで「男性身体どうしのセックスだから」という理由で不問に付してきた警察も黙ってはいないだろう。

「東京都は左派のLGBT団体の意見を聴取しただけで分かったつもりになってほしくない」というのが、一般のゲイや女性たちの率直な思いなのだ。

4. どう交通整理するか

未手術のトランス男性のゲイが生物学的男性のゲイと同性パートナーシップを結べば、東京都はセルフID(自己申告のみによる性別。自分が男と思えば男、女と思えば女)をオフィシャルに認めたことになり、各施設はそれに合わせなくてはならなくなる。未手術のトランス女性のレズビアンが生物学的女性のレズビアンと同性パートナーシップを結んだ場合も同様だ。この証明書を持っていけば、病院や不動産屋で不平等な扱いをされなくなるだけではない。当人たちがありとあらゆる場所で男性/女性として「平等」に対応するよう求める根拠となる。

混乱を回避するには2つのやり方しかないと思う。

A .同性パートナーシップ制度の権利の付与は、性自認ではなく身体的性別によって判断する。

または、

B .同性パートナーシップ制度から「同性」の文言を外し、経済的相互扶助に限定した誰でも使えるパートナーシップ制度とする。

Aは、男性/女性の線引きをめぐって常に対立が起きることが予想され、都民の分断を促進させることは必至だ。あまり得策とは思えない。

今後、生涯独身者が増えていくことを考えると、異性愛者の友達どうしでも活用できるBのニーズが高くなることは間違いない。利用者を同性愛者に特化しないフランスのPACSのような方式を希望する人は多い。このやり方であれば、セルフIDを無関連化することもできる。

(先進各国がこうした「誰でも使えるパートナーシップ制度」に力を入れているのは、国家財政が厳しく、もはやすべての国民に福祉を提供できる状況にはないことの裏返しでもあるのだ。制度は与えるので、後はできる限り自助・共助で賄ってほしいとの思惑がある)

ただし、左派LGBT活動家はAでもBでも納得しないだろう。なぜなら彼らにとって同性パートナーシップ制度は、同性婚を実現させるための手段だからだ。ゆえに国の制度と齟齬が生じることが大事なのだ。外堀を埋めて、政府が絶対に首を縦にふらざるを得ない状況を作り上げたいのだ。

諸外国では「性自認」を基準とした分類方法がこれだけのカオスを生んでいるわけだから、わが国は別の整理の仕方を考えてもいいのではないか。性的マイノリティだけでなく性的マジョリティにとっても暮らしやすい最適解を、国民全体で考えていくしかない。おそらく左派LGBT活動家は、筆者が指摘したような「LGBTの不都合な真実」を、都が関係者に対して行ったヒアリングで喋っていないだろう。LGBTの全体状況を把握するためにも、ぜひ東京都には一般の当事者の意見を聞いてもらいたい。