オーストリア代表紙「プレッセ」は21日付の1面トップに、「前ローマ教皇ベネディクト16世がミュンヘン大司教時代に未成年者へ性的虐待を行った聖職者に対し適切な対応をしなかった」という報告書の内容を大きく掲載した。同報告書(約1600頁)は20日、ミュンヘンの記者会見で公表された。弁護士事務所(WSW)がミュンヘン大司教区から調査を依頼されて作成してきたもので、調査期間は1945年から2019年まで。同大司教区内の聖職者の未成年者への性的虐待問題を取り扱っている。このコラム欄で「前教皇ベネディクト16世の『過去』」(2022年1月16日)で既に報じた内容だ。
ベネディクト16世(在位2005年4月~2013年2月)は教皇前はヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿と呼ばれ、1977年から1982年までドイツのミュンヘン大司教区の大司教だった。WSW(Westpfahl Spilker Wastl)の報告書では、「ラッツインガー大司教は聖職者の未成年者への性的虐待の犠牲者に関心を示さなかった」というのだ。
ベネディクト16世が2008年7月、オーストラリアを訪問し、そこで聖職者による性犯罪の犠牲者と会合し、犠牲者の話を聞きながら涙を流したと報じられたことを知っている当方は、「ラッツンガー枢機卿は犠牲者に無関心だった」という点に直ぐには納得できなかった。報告書は、「(聖職者の性犯罪問題で)教会側の組織的な欠陥、責任者の対応ミスがあった」とはっきりと問題点を指摘しているのだ。
同大司教区ではラッツィンガー大司教のほか、フリードリヒ・ヴェッター枢機卿(1982~2007年)やラインハルト・マルクス枢機卿(2008年以降)ら、ミュンヘン大司教区の過去の責任者の名前も出てくる。マルクス枢機卿は同大司教区の現責任者であり、フランシスコ教皇の信頼を得ている枢機卿顧問会議の1人だ。2012年から20年2月まで、独司教会議議長を務めてきた。そのマルクス大司教も聖職者の性犯罪や不祥事をバチカンに報告していなかった。報告書の「組織的な欠陥」という意味が少し理解できる。個々の聖職者の問題だけではなく、教会という組織に聖職者の性犯罪を許し、隠ぺいする欠陥があるというわけだ。
ラッツィンガー大司教に関連するケースとしては、エッセン教区の神父ペーターHが1980年、未成年者に性的虐待を犯しため、ミュンヘン大司教区に送られたが、当時大司教だったベネディクト16世は同神父の不祥事に関心を示さず、聖職に再び従事させるなど、不適切な対応をしている。同神父はその後、29人の未成年者らに性的虐待を行っている。報告書は「ラッツィンガー大司教には少なくとも4件、対応ミスがあった」と記している。
ベネディクト16世の教皇時代からの秘書、ゲオルク・ゲンスヴァイン大司教は独日刊紙ビルド(1月14日)とのインタビューの中で、「ベネディクト16世は聖職者の性犯罪に関する調査を積極的に支持してきた。質問に対して82頁に及ぶ書簡で答えている」と主張。同16世への容疑に対しては、「ベネディクト16世はH神父をミュンヘン大司教区に受け入れることを決定した時、同神父が性犯罪を犯していたことを知らなかった」という。
それに対し、WSWのマーティン・プシュ弁護士は、「その説明は信頼できない」と一蹴している。前教皇の発言を確信をもって否定できるということは、「それなりの証拠、証言を掴んでいるからだ」といえる。
同報告書によると、「少なくとも497人が犠牲者で、加害者は173人の神父と9人の執事を含むと少なくとも235人の教会関係者だ。ただし、それは氷山の一角で実数はもっと多いことが推測できる」という。
ドイツのバイエルン州生まれ、今年4月16日で95歳になる前教皇ベネディクト16世にとって今回の報告書の内容は厳しいだろう。前教皇は2013年2月、突然生前退位を表明して以来、バチカン内のマーテル・エグレジェ修道院で生活している。ゲンスヴァイン大司教はドイツのメディアとのインタビューで、「ベネディクト16世は肉体的にはかなり弱まっているが、その知性は依然シャープだ」と語っている。
世界各地のカトリック教会で聖職者の性犯罪が発生し、その対応に明け暮れるフランシスコ教皇は今回のミュンヘンの報告書をどのように受け取っているだろうか。近代のローマ教皇の中で最も優れた神学者といわれ、長い間教理省長官(前身・異端裁判所)を務めた前任者ベネディクト16世に対し、フランシスコ教皇はどのように話しかけることができるだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年1月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。