金融緩和の出口はあるのか
米欧がインフレを警戒して、長期にわたる大規模な金融緩和から抜け出そうとしています。日本では、史上空前の財政拡大が異次元金融緩和と直結しており、日銀は身動きが取れず、もがいています。
13年4月から異常な金融緩和を積極的に続けてきたのは、黒田総裁の個人的な金融政策思想によるところが大きく、安倍・元首相がそこに目をつけ、アベノミクスのパートナーとして引き込んだとみるのが正解でしょう。
異次元金融緩和は当初から、正統派からの否定論と、安倍氏寄りからの肯定論が真っ向から対立してきました。黒田氏個人の金融政策思想の特色が論じられることが多く、その一部を紹介したいと思います。
黒田氏は財務省出身の財務官経験者です。国内の財政政策のトップである事務次官、国際金融・通貨政策のトップである財務官が財務省(旧大蔵省)の双璧をなしています。次官グループ、財務官グループは、それぞれ結束が固く、現役に対する影響力も持っています。
財務官グループの中の2人から、黒田氏の金融政策をどうみるかについて、別々に話を聞かされたことがあります。1人は国際金融局長の経験者で、黒田氏が部下の課長として仕えたことがあります。
「黒田君は、当時から金融政策で物価水準をコントロールできると信じて疑わない。お前はバカか。物価水準は様々な国内要因、海外要因で決まる。国内要因でも、金融財政政策、産業政策、社会的動向など多様である。金融政策だけで決められるものではない」と。
「黒田君は海外留学(英オックスフォード大)した時、マネタリズム(経済のマネタリーの側面を重視する経済学)にはまったのだろう」とも。
黒田氏は13年3月に日銀総裁に就任し、国会で「物価については、中長期的には金融政策が大きく影響を与える」、「金融政策のみで物価目標の達成は可能である」と述べたと、報道されました。課長当時の主張を総裁就任時まで持ち続けたのです。
同4月に「消費者物価上昇率2%、通貨供給量を2倍、2年で達成」という目標を掲げました。国内閉鎖型の経済、物価と通貨供給量以外の条件を不変とすれば、理論的にはそういうことになるのでしょう。
そのマネタリズム(貨幣数量説)を現実の経済政策に持ち込むには、様々な留保条件、付帯条件をつける必要があります。それにもかかわらず「2年、2倍、2%」という単純な目標を掲げたのは不用意でした。
実際に、コロナによるサプライチェーンの混乱が招いた供給不足、経済回復に伴う需要増、原油高などを背景に海外で物価が上がり始めています(欧米で数%)。日本は上がっている輸入物価が円安の影響でさらにあがり、消費者物価は今年、2%は上がるという民間の見通しもあります。
金融以外の要因の均衡状態が崩れる時ほど、マネタリズムは無力ということを、黒田氏は嫌というほど、思い知らされているはずです。
もう1人の財務官OBの指摘はこうです。「大胆な政策の展開を始めたのだから、批判があっても、『ぶれるな』と忠告した。黒田君も当初から激しい批判を浴び、気にしていたので、そういって励ました」と。
日銀は日本経済の基軸の1つですから、簡単に政策を変えるべきではないとの主張です。「日銀無謬性」といって、簡単に誤り認めていると、日銀の信頼性が低下してしまうという思想でもあります。
異次元緩和とかサプライズとかで、消費者心理を「インフレ期待(インフレ予想)に転換すれば、日本のデフレ心理を払拭できる」というのが、黒田氏の狙いでもありました。物価が少し上がったのは、1年くらいで、あとはほとんど動きませんでした。
その財務官OBに「インフレには、いいインフレと悪いインフレがある。2%上昇といっても、2%という適度のいいインフレと、中身の悪い2%インフレがあるはずだ。どう考えるのか」と、聞いたことがあります。
答えは単純明快でした。「マネタリズムには、いいインフレも悪いインフレもない。とにかく物価をコントロールすることが課題なのだ」と。恐らく黒田総裁も同じ考えだと想像しました。
このうち「ぶれるな」については、黒田総裁は直近の記者会見で「大規模金融緩和は維持する」と語り、ぶれていません。実際は国債の日銀購入額を減らし始めていますから、政策転換の地ならしを始めてはいるようです。
「いいインフレ、悪いインフレ」については、海外動向を受けた日本の物価上昇は、昨年12月、0.5%上昇となり、企業物価指数は8.5%という高い伸びで、それがじわじわ家計にも及ぶ流れになっています。
海外物価、原油高、円安によるコストプッシュ・インフレで、悪いインフレです。これに対する景気回復に伴う需要拡大の結果として起きるデマンドプル・インフレは、いいインフレ(景気回復型)です。
今も、黒田総裁は「マネタリズムでは、インフレにはいいも悪いもない」と、思っているのでしょうか。とにかく、日本も2%目標を達成したら、異次元金融緩和に区切りをつけ、金利も引き上げる方向に向かうべきです。
パウェル米中央銀行総裁(FRB議長)が昨年来「物価上昇は一時的な現象」と言いながら、上昇幅が大きくなると、「年4回の利上げ」を示唆するなど、現実の経済に即した政策をとろうとしています。
黒田氏も「ぶれない」ことにこだわっていてはいけません。パウェル氏を見習うべきです。「23年4月の総裁任期の終了までは、大規模緩和を転換しないだろう。転換は次期総裁からとなろう」と、予想するエコニミストもいます。そんなメンツは捨てるべきです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年1月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。