日本も参考にすべきメキシコのロペス・オブラドール大統領の新しい外交とは

アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール メキシコ大統領
Wikipediaより

現在の日本外交の根底にあるのは2つ。謝罪外交と親睦外交である。吉田茂元首相から続いている米国にだけ依存した外交は、自民党が政権を握っている限り継続するであろう。日本独自の外交が存在していないということである。だから日本はアジアで頼りにされない国に成り果ててしまっている。

アジアにおいて中国の脅威に前に、それに対抗できる国は日本しかいないと期待されている。にも拘らず、日本は第2次世界大戦でもたらした被害への罪意識の虜に今もなっており積極的にアジアのリーダー国になれないでいる。

米国は戦後、日本が嘗ての強国日本に二度とならないように教育から始まってショック療法を与え、日本人をトラウマにさせてしまった。ところが、今、米国は台頭する中国を前に日本に強国になって欲しいと期待しているのであるが、そのトラウマから今も抜け出せないでいるのが日本だ。

メキシコの現外交が日本のお手本になる

日本が現状から脱皮するのに現在のメキシコの外交が参考になると思う。メキシコはほぼ80年余り右派の2大政党「制度的革命党(PRI)」と「国民行動党(PAN)」によって政権が運営されていた。この2政党はメキシコが地理的に北米に位置しているということと、貿易の8割を米国に依存しているということで、メキシコは北米の国だと漠然と意識して来た。そしてラテンアメリカのリーダー国になることを放棄していた。

日本が米国の51番目の州に成り下がり、アジアのリーダー国になることを放棄しているのと同じことだ。

ところが、米国でトランプ氏が大統領(前大統領)になって人種差別意識を鮮明にしてメキシコ人を犯罪人呼ばわりするようになった。それでメキシコの政治家は目を覚まし、中米そして南米に視線を向けるようになった。

それを具現化させたのが2018年に大統領に就任したアドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール氏(以後、アムロ)である。それまでのメキシコの歴代大統領の米国への従順姿勢からアムロは米国に対しても独自の主張を表明するようになったのである。

アムロは大統領選に3度挑戦した気骨のある政治家だ。しかも、第3政党「民主革命党(PRD)」から独立して2014年に自らが左派政党「国家再生運動(MORENA)」を設立。メキシコシティーの市長などを歴任して2018年に大統領に就任。メキシコ政治で80年振りに左派政権が誕生したのである。

外交に関心の薄かったアムロが変身してラテンアメリカのリーダーに

アムロは当初外交についてはそれほどの関心はなかったようだ。メキシコの大統領は就任すると、まず最初に米国を訪問することになっている。ところが、アムロは大統領に就任してからワシントンを訪問するまで1年半が経過していた。しかも、これがアムロにとって初の外遊でもあった。

ワシントンを訪問するのに利用した飛行機は民間航空でエコノミークラス。大統領専用機は使用しなかった。それは彼の意向で売りに出している。国民の半分が貧困者であるのに大統領は贅沢できないといって専用機は使用しない主義なのである。ただ民間機でも彼の席は非常口のところとなっている。彼を護衛するチームは大変だ。アムロはそれに対しても、お守りをたくさんポケットに持っているので身の安全は大丈夫だ、と記者からの質問に答えたこともある。

アムロが外交に目を覚ましたのはアルゼンチンの次期大統領に就任することになっていたアルベルト・フェルナンデス氏が大統領に就任する前にアムロを訪問してラテンアメリカで北端のメキシコと南端のアルゼンチンが枢軸を作ることを提案したことである。

実際、ラテンアメリカで経済力という意味からリーダー国になれるのはブラジルとメキシコの2つの国しかない。ところが、ブラジルにはボルソナロ氏という極右の大統領が誕生して、左派のフェルナンデス大統領にとってブラジルと枢軸国になる提案はできなかった。

アムロがラテンアメリカにおけるリーダーとなる機会が到来した。ボリビアでエボ・モラレス元大統領が不正選挙によって大統領のポストを維持しようとしているとして批判が高まり、彼はボリビアに留まることができなくなっていた。そこで亡命先としてアルベルト・フェルナンデス氏がアムロに要請してメキシコがモラレス氏を受け入れることになったのである。

メキシコはもともと外国の政治には干渉しないが、亡命者は受け入れるという姿勢を貫いて来た。モラレス氏の救出にメキシコは軍用機を送った。途中、種々問題が発生しながらも彼をメキシコに連れて来た。その時にモラレス氏が発した言葉は「アムロは命の恩人だ」と述べたことであった。

そしてアルベルト・フェルナンデス氏がアルゼンチンの大統領に就任するとアムロにコロナワクチンの生産を持ち掛けて来た。メキシコとアルゼンチンが協力して英国からワクチンの原液を輸入してそれを完成品にしてラテンアメリカでワクチンの不足している国に配給するというプランである。

嘗て,ベネズエラのチャベス前大統領がボリバル革命の他国への輸出と反米主義に共鳴させるために原油を餌にしたのと同様である。メキシコとアルゼンチンは原油の代わりにワクチンを餌にした。

国際外交に目を覚ましたアムロはメキシコがラテンアメリカでリーダー国になるために次ぎに手を打ったのはラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)のリーダー国になることであった。

これまでラテンアメリカで影響力を持っている組織は米州同盟(OSA)である。CELACとOASの違いは前者には米国とカナダが加盟していないということである。そしてCELACには中国が次第に影響力を強めているということである。

次にアムロを頼ってボリビアの大統領に就任したルイス・アルセ氏が大統領に就任早々に訪問国として選らんだ国はメキシコであった。ルイス・アルセ氏はモラレス政権時に財務相であった人物で、アムロがモラレス元大統領の亡命を受け入れたという姿勢が今回のアルセ大統領の最初の訪問国としてメキシコ選らんだ理由となった。

またベネズエラのマドゥロ大統領とも良好な関係を保つべく、グアイドー氏を当初暫定大統領としたリマ・グループにメキシコは加盟していない。

米国に対してもこれまでの服従から対等の外交に変化

米国に対し、これまでのメキシコ政府では実行しなかった出来事がひとつあった。ペーニャ・ニエト前大統領の政権下で国防相を務めたシエンフエゴス大将が米国ロサンゼルスを家族と訪問中に米国麻薬取締局(DEA)に逮捕された時だった。カルテルと癒着して米国への麻薬の密輸に協力していたというのが理由だ。米国はシエンフエゴス氏を国内で裁いてペーニャ・ニエト前大統領も麻薬の密輸に絡んでいたという証拠をつかもうとしていた。

この事件に対して、アムロは起訴の取り下げをトランプ前大統領に要求。メキシコ政府に事前の通知もなく逮捕したことは国家の威厳に関わると伝えた。もしそれを米国政府が受け入れないのであれば、メキシコで活動しているDEAの職員を削減させる用意があることを伝えた。このような米国にメキシコ政府の要求を突きつけるようなことはこれまで一度もなかった。

更にそれはちょうどバイデン氏が次期大統領に選ばれたことと重なり、アムロはバイデン氏に祝福を送らないでいた。そこにはトランプ前大統領がバイデン氏の勝利を認めないことに呼応することを暗黙に表明したものであった。それを理解したトランプ氏はシエンフエゴス氏の起訴を取り下げ、メキシコでの公判に臨むように本人のメキシコへの帰国を許可したのであった。

メキシコは世界不処罰指数が98%と高く、しかもシエンフエゴス氏は軍人の元大将だ。軍部の影響力の強いメキシコで彼を裁くことはほぼ不可能だということをトランプ氏は承知しながらも、メキシコに本人の帰国を許可したのであった。

アムロの影響力が更に拡大

また、アムロはペルーで左派のペドロ・カスティージョ氏が大統領に成ると、彼に政権運営の為に協力すると表明しそれを同氏に伝えた。

チリでも左派のボリック氏が3月に大統領に就任するということで、次期メキシコの大統領候補と目されているエブラルド外相をチリに送ってボリック氏と会談。両国が求めている政策には共通のものがあるとしてメキシコへの訪問を誘った。

更に、コロンビア、チリ、ペルーそしてメキシコと4ヶ国が加盟している太平洋同盟の首脳会議が近く開催されることになっている。この会議でもメキシコはこれまで以上にイニシアティブを取るものと推察されている。

今年はコロンビアとブラジルで大統領選挙が予定されている。コロンビアで初めて左派政権が誕生する可能性が強い。またブラジルではルラ元大統領が復活する可能性が濃厚となっている。即ち、アムロはアルゼンチン、ボリビア、ペルーに続いてチリとブラジルに対しても強力な関係を結ぶことになるであろう。

米国への不法移民の流入を食い止めるのにメキシコの存在が重要になっている

米国バイデン大統領にとってメキシコの国境から特に中米からの不法移民の流入を防ぐ必要がある。その為には今後もメキシコの協力が必要となっている。だから、メキシコはこれまでの米国に服従した外交から米国と対等の立場から外交を展開するように変化している。

日本の外交もこれまでの米国に依存した一極外交から一線を敷いて、アジアに存在する複数の組織に積極的にリーダーになる姿勢を目指す必要がある。米国にとっても中国を牽制する意味で日本がもっと強い姿勢で対中国に臨むのを期待しているはず。その意味で米国に対し日本は自国の主張を遠慮なくしていく必要がある。