履歴書だけではわからない元官僚の政府渉外の適性
2020年に河野太郎国家公務員制度担当大臣は、過去6年間で20代のキャリア官僚の離職が4倍に増えたと発表しました。私たちの周りのかつての同僚や後輩の人たちの中にも、最近は霞が関を離れて、民間企業から政策を実現したい、という人も明らかに増えてきています。
民間企業から政策や行政をよくしていきたい元官僚たちの転職先は、コンサル、IT関係、担当していた行政分野の専門性を活かせる事業会社など様々ですが、行政内部で政策をつくったり、官僚として国会議員とコミュニケーションを取ったりしてきた経験を活かして、民間企業の政府渉外部門に転職する人もいます。
政策渉外とは、大企業や規制の強い業界の企業では専門の部署が設けられていますが、いわゆるgovernemtnt affairs, public affairsと呼ばれる政府機関とのコミュニケーションを専門とする人達のことです。最近は、企業の政府渉外として活躍する元官僚の方がSNSで発信する姿もよく見られるようになりました。
民間企業が役所と対等に政策の議論をするためには、政策の中身を知るだけでなく、政策の意思決定プロセスや官僚の考え方を把握することが必要です。民間企業の経験だけだと、中々理解することが難しいですが、役所で働いていた方からすれば、行政の情報を読み解くのも苦労はないですし、役所が動いてくれない時に、役所の外のどこから働きかけると効果的かなど、感覚的に理解していることも多いですし、官僚や閣僚の発言の真意を読み解くこともできるでしょう。
私たちは、長く官僚をやった後、民間企業を立ち上げて自社の経営を行うとともに、様々な企業や民間団体と一緒にプロジェクトを進めています。必死に企業経営を考えてきた結果、ようやく民間企業の論理が分かってきたように感じています。官の世界と民の世界、どちらか一方ではなく、両方を知ることにより、官民の通訳を果たすことができます。
実は、霞が関には、民間企業から出向してくる方も、たくさんいます。2年程度、中央官庁での業務を経験した後、所属企業に戻って政府渉外の部門で中央官庁の担当になる方も珍しくありません。
こうした官民の人材の流動化が進み、両方を経験する人材が増えることは、官民の情報格差やミス・コミュニケーションをなくし、官民で一緒に社会をよくする政策をつくれる社会に向けた必要なプロセスであるように感じます。
私たちは、政策渉外の機能を果たせる元官僚を採用したいと考えている民間企業から相談を受けることが、しばしばありますが、自社が採用したいスペックの人材を採用するのは、なかなか難しいようです。
最近は、増えたとはいえ、官僚経験者という人たちが労働市場に大量にいるわけではないので、募集もそう簡単ではありません。とはいえ、転職したい官僚は、人材エージェントに登録することが多いので、募集そのものはエージェントを活用すれば、それなりに集まるかもしれません。
それ以上に難しいのは、選考です。民間企業の採用担当は、官僚の経験のないことがほとんどですから、採用しようとする人の官僚時代の経歴を見ても、どのような能力を持っている人か、特定するのは難しいのです。
官僚と一口に言っても、経験した業務はかなり多様です。国際業務を中心にやってきた人や、分析・研究などに強い人もいます。定年間際まで勤めて勇退した先輩たちの中にも、法律改正はほとんど経験がない、という方も珍しくありません。あるいは、政策の立案ではなく、執行・実務をメインに経験する人たちもいます。このように、官僚だから、みんな政策の意思決定プロセスに詳しいというわけではないのです。
しかし、おそらく民間企業の方が官僚の履歴書だけ見ても、能力の違いを読み解くのは難しいでしょう。
例えば、〇〇という企業でマーケティングをやっていました、人事を〇年やっていました、という人の経歴を見たら、だいたいどんな経験をしてきて、どんなことができそうか、イメージが湧くでしょう。でも、官僚からの転職希望者の履歴書に、「〇〇法の改正業務」「〇〇プランの取りまとめ」「副大臣秘書官」「大使館勤務」などと書いてあっても、企業の採用担当の方もそのような仕事を経験したことがないでしょうから、業務経験や能力を明確に理解するのは、難しいと思います。
官僚からの転職者の経験と能力をしっかり把握するには、その人が経験してきた業務の内容を理解する必要があります。つまり、政府内での業務に関する背景事情を理解することが必要です。
あなたの業界をピンポイントに監査するような部署出身であれば、「ああ、この人を雇うと監査の裏側が分かるかも」という期待を抱くことができるかもしれませんが、現職の公務員がその職務内容と利害関係のある企業と就職のためのやり取りをすることは実は法律違反です。
そのような露骨な採用を行うことは、会社にとってもリスクがあることは明らかです。加えて、職務中に得た知見はどんどん古くなっていくので、知識はあるけれど、政策渉外としての適性がない職員を採用してしまった場合、採用の瞬間からその人材の価値は下がっていくことになります。
採用後も継続して活躍する人材を採用するためには、どのような点に着目すればよいのでしょうか。
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編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2022年1月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。