ウクライナ危機の終わりの始まり?

ウクライナ危機の最中、ハンガリーのオルバン首相が1日、モスクワを訪問し、ロシアのプーチン大統領と会談した。モスクワからの情報によると、5時間にわたる会談だったという。その後、記者会見が開かれた。クレムリンのぺスコフ報道スポークスマンはオルバン首相のロシア訪問を「非常に重要な訪問」と強調している。

オルバン首相と記者会見に応じるプーチン大統領(2022年2月1日、ロシア大統領府公式サイトから)

北大西洋条約機構(NATO)のサミット会談と欧州連合(EU)の首脳会談がそれぞれ開かれ、そこでウクライナ危機への対応が協議されたばかりだ。両機関の加盟国でもあるハンガリーはそれゆえにモスクワにとって重要なゲストとなるわけだ。

オルバン首相は既に13年間、政権を担当しているが、その間12回、プーチン氏と会談している。オルバン氏は、「EUの代表としてモスクワを訪問した」と答え、エスカレートしてきたウクライナ危機の調停役を自認したが、ブリュッセルから、「オルバン氏にEUのウクライナ危機の調停役を依頼した」とは聞かないので、オルバン氏自身が多分、今回のモスクワ訪問を勝手にそのように位置付けただけだろう。

ハンガリーでは4月3日、議会選挙が実施されるため、モスクワ訪問はオルバン氏にとって国民にアピールできる絶好の機会ともなる。実際、ウクライナ危機が始まって以来、EU加盟国の首脳がモスクワを訪問し、プーチン氏と対面会談したのはオルバン首相が初めてだ。

記者会談ではウクライナ危機に対するプーチン氏の説明に注目が集まった。プーチン氏は米国から提出されたウクライナ危機に対する返答に対し、「ワシントンはロシアの安全を無視している」と強調し、NATOの東方拡大に警告を発するとともに、NATO軍の軍事活動を1997年前の状況に戻すように強く求めた。

ロシア軍はウクライナ東部国境線沿いに10万人以上の兵力を集結させている。プーチン氏は米国の軍撤退要求には何も答えていないが、オルバン首相との会談とその後の記者会見を利用して、米国の返答に対して自身の考えを初めて披露したわけだ。曰く、ウクライナのNATOの東方拡大は絶対に受け入れられない、ロシアの国益を重視せよ、引き続き外交で解決する用意があるという3点だろう。

“パーティ・ゲート”から逃れるように、ロンドンから英国のジョンソン首相が1日、ウクライナの首都キエフを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談し、英国を含むNATO側のウクライナへの連帯支援を世界のメディアに向かって訴えた。その前にはフランスのマクロン大統領とプーチン氏は1月28、31日の2回、電話会談をしている、といった具合で、一触即発といわれるウクライナ危機への解決を模索する外交が活発に展開されてきた。

ブリンケン米国務長官は、「ウクライナ危機は戦争に発展する危険を含んでいる」と警告を発し、ロシア側に慎重な対応を要求する一方、ロシアのラブロフ外相は、「欧米側はウクライナ問題に過剰に反応し、ロシアを糾弾している」と反論、ロシアとNATO間の軍事衝突といったシナリオを一蹴した。

プーチン氏は言及を避けたが、ロシアへの返答の中で米国は「どの国も加盟条件をクリアすればNATOに入れる」と明記している。換言すれば、NATO加盟を希望する国はそれなりの加盟条件をクリアしなければならないということを明らかにしているのだ。その条件の中で重要な点は、「加盟を希望する国は隣国と領土問題を抱えていない」という点だ。ということは、ロシアとの間で領土問題で紛争中のウクライナはNATOの加盟条件をクリアしていないことになる。結論として、現時点ではウクライナのNATO加盟は非現実的というわけだ。

実際、バイデン大統領は先月19日、就任1周年の記者会見で、「ウクライナが近い将来、NATOに加盟することはない」と述べ、ロシア側の要求を「杞憂だ」と表明しているのだ(「露ウクライナ侵攻と中国『台湾併合』」2022年1月25日参考)。

プーチン氏は米国側の返答を読んで、多分笑みがもれたのではないか。同氏が、「米国はロシアの国益に何も配慮していない」と批判する一方、外交を通じて解決したい意向を強く匂わせたのは、米国側から流れてきたサインを受け取ったからだろう。

ウクライナ危機を巡る世界指導者の外交はヒートアップしているが、ウクライナのNATO加盟問題という最大のハードルは米ロ間でほぼ妥協点が見出されているのではないか。あとは加熱したウクライナ問題をどのように鎮静させ、米ロ首脳の面子を保ちながら幕を閉じるかに焦点が移っているのではないか。

プーチン氏は北京冬季五輪大会の開幕式に参加した後、今月中にトルコを訪問する。なぜこの時期にトルコを訪問するのか。国民経済が厳しく、野党勢力から辞任を要求されているトルコのエルドアン大統領を救済する目的ではないだろう。トルコはNATO加盟国だ。そのトルコはロシアから地対空ミサイルシステムS・400を購入してワシントンを怒らせた国だ。トルコはロシアとNATOの両サイドに繋がりを有するからウクライナ危機問題の調停役に適任という判断があるのだろう。エルドアン大統領は3日、キエフを訪問予定だ。プーチン氏はポスト・ウクライナ危機へ既に動き出しているわけだ。

一方、バイデン氏は11月に控えた中間選挙を乗り越えるためにも外交ポイントを稼ぐ必要がある。そのような時、ウクライナ危機で米軍を動かし、ロシアと地域的とはいえ衝突すればその収拾が大変だ。バイデン米政権の主要ライバルはロシアではなく、中国共産党政権だ。アフガニスタンから米軍を撤退させた結果、国際社会から批判を受けたばかりだ。ウクライナ危機を乗り越えるならば、バイデン政権にとってビッグポイントとは言えないが、それなりの評価を受けることになる。

以上、米ロ両国首脳の思惑通りにウクライナ危機が解決されるかどうか、現時点ではまだ多くの不確かな要因がある。ただ大筋としては、米ロはウクライナ危機を乗り越えるシナリオを作成したとみて間違いないだろう。

蛇足だが、4月に総選挙を控えたオルバン・ハンガリー首相、同じく4月に大統領選を迎えるマクロン仏大統領、スキャンダルが多発するジョンソン英首相、11月に中間選挙を迎えるバイデン米大統領、そして政治的危機にあるエルドアン・トルコ大統領……、ウクライナ危機問題の外交戦で登場する指導者はいずれも自身や国内で大きな課題を抱えている。クレムリンに君臨するプーチン氏は欧米諸国の指導者の事情を巧みに利用しながら、次の一手を打ってきているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年2月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。