日本の7.5倍の国土を持ち、人口4500万人のアルゼンチンの昨年2021年のインフレは50.9%と発表された。即ち、毎週1%づつ価格が上昇していたということになる。
値上がり率はホテルやレストランでは65%、履物や衣類だと65%、肉類だと61%となっている。即ち、インフレ平均値よりも更に10%以上の値上がりとなっている。
昨年まで4年間のインフレを見ても26%(2017)、34%(2018)、53%(2019)、42%(2020)という高い率だ。更に参考までに1973年から2018年までの累積インフレとなると1770%という脅威的な数字になっている。
貰っている給与ではひと月を過ごせない人が10人中4人いる
今日、アルゼンチンの平均給与は4万2294ペソ、ドル換算にしておよそ400米ドルだという。二人の子持ちの夫婦だとおよそ650ドルの給与が必要だとされている。
ところが、このように毎週価格が上昇していたのでは給与がそれに追いつかず10人の内の4人が毎月の給与では月末になると家計簿は赤字になるという。それを補填するにはクレジットカードで不足分のお金を引き出すといった手段が使われている。しかし、それもカードが使えるまでの話だ。
このような事情から2018年から2020年の間に貧困層は10%増加して現在42%までになっている。即ち、国民の半数近くが貧困者ということになる。また子供の場合だと60%が貧困者とされている。
歳出削減が苦手、必要なだけ通貨を発行する政府
今年の政府は当初インフレを30%台に収めるとしていた。ところが実際には50.9%という高いインフレの結果を前にアルベルト・フェルナンデス大統領は「一昨年12月のインフレよりも昨年のそれは低い率だ。このインフレの下り坂を維持するようにしよう。それは国民の皆様に依存する」と奇妙な解釈の仕方でもって説明した。(1月13日付「イ・プロフェシオナル」から引用)。
政府はインフレを下げる策は知っているが、体質的にそれが実行できないというのがこれまでのアルゼンチン政府だ。例えば、以下のような問題を抱えている。
アルゼンチンは外貨が常に不足している国だ。通貨ペソへの国民からの信頼はゼロで、国民は常にドルを持ちたがる。そのドルが不足しているからペソは対ドル値下がりを続ける。それがまたインフレを煽る。
外貨を稼ぐには輸出を盛んにするか、外国からの投資を募る必要がある。ところが、アルゼンチンは国の経済規模に比べ輸出に占める割合が非常に少ない。また外国の企業にとって高いインフレと金利のアルゼンチンに進出するのは魅力が薄いということだ。
アルゼンチンという国は天然資源に恵まれ食糧の宝庫でもある。また淡水も豊富な国でもある。ところが、この利点を生かした輸出対策が積極的に実行されないでいる。輸出品目は大豆、トウモロコシ、牛肉などが相も変わらず重要な位置を占め、工業品などの輸出はない。
しかも、インフレを抑えるのにそれらの輸出品目の輸出を規制して国内への供給に向けさせようとする国でもある。それによって市場を供給過剰にさせて価格が下がるようにしようという手段に訴える国なのである。しかし、それが功を奏したことは一度もない。にも拘らず、それを繰り返している国だ。
戦後政権に就いたペロン将軍の財政支出
その起因は戦後政権に就いたペロン将軍の影響が大きいからである。ペロン将軍は大統領に就任すると公共事業で経済の回復を図ろうとした。公共投資を積極的に実施。それによって経済は回復し雇用も増えた。ところが、その一方で財政支出が急増して行った。それを是正するのに国内産業をさらに発展させて経済を回復させ財政も修正して行こうとした。ところが輸出の促進には余り関心を示さなかった。
それでもペロン将軍は戦後の経済を回復させたアルゼンチンの救世主として崇められた。彼の政治を踏襲すべく正義党(別名、ペロン党)が誕生した。この政党が戦後のアルゼンチンの政治を現在まで支配して来たのである。
ペロン将軍の輸出には関心を示さなかったという姿勢が現在の正義党にも踏襲されている。正義党以外の政党から大統領に就いたのは戦後僅か3人しかいない。常に正義党がアルゼンチンの政治を担って来た。勿論、正義党の議員も一色だけなく異なった考えをもった議員の集団ではある。
しかし、正義党が輸出への取り組みに積極性が欠けるという面は共通している。ひとつ具体例を挙げると、牛肉の価格が値上がりしていることに対し政府は輸出を中断させて、それを国内に向けさせ供給過剰にして価格を下げようとした。輸出業者が持っている外国の顧客を犠牲にさせてまでそれを実行したのである。勿論、その成果はない。
同じ現象に対しアルゼンチンとは兄弟関係にある隣国ウルグアイの場合は国内の牛肉の価格の値上がりを抑えるのに隣国のブラジルとパラグアイから牛肉を輸入して国内市場で販売させた。その一方で輸出はこれまで通り継続させた。この策によって国内の牛肉の価格は下降した。このような政策がアルゼンチンは伝統的に取れないのである。
財政赤字を補う目的で新しく貨幣を発行
政府の財政赤字を補うのに新しく通貨ペソを発行するのがまた常なる習慣となっている。昨年は2兆1200億ペソ分の貨幣を発行した。GDPの4.8%に相当する額である。(1月17日付「イ・プロフェシオナル」から引用)。
財政緊縮をするのではなく、財政赤字を補う目的で新しく貨幣を発行する。正に、これはインフレを煽るお手本のようなもの。それをアルゼンチン政府は伝統的に実施して来たのである。
アルゼンチンはペロン将軍の時から始まって企業の寡占化が目立つ国だ。GDPに占める公的企業が60%でライバル企業がいない。よって、必要とあらば生産品目の価格をいつでも値上げできるという容易さをもっている。大手企業200社に対しその60社はライバルがいないという寡占市場になっているというのだ。
その影響もあって自動車の部品メーカーは需要に十分に応えられず、部品の7割は輸入に頼らざるを得ないという状態にある。また、その国内メーカーも輸出による過当競争を経験したことがなく価格面での競争力はない。
価格が上昇すれば消費者の購買力が落ちる。それを修正しようと労働組合は賃上げを要求して来る。経営者側はそれを容易に受け入れる。そうしないとストが実施されるからだ。その賃上げを受け入れた分がまた生産コストにそれがスライドさせる。
生産業者も販売業者も材料や商品が頻繁に値上がりするために実際の生産コストや仕入れコストが把握できないでいる。損失を出さないために必要以上の価格に設定して販売する傾向にある。それがまたインフレを煽ることになる。
IMFへの負債440億ドルの返済がアルゼンチンの国債の売却を困難にし、対ドルレートなどもペソに不利になっている。
今年に入って、政府はまた商品価格の凍結を実施した。対象になったのは1321品目で2%の値上げ幅を認めながらの凍結である。しかし、これがインフレ抑制の成果をもたらさないのはこれまで実証済みであるのにまた実施したのである。
今年のインフレは最高60%とイタウ・ウニバンコは推定している
今年に入って世界の主要銀行はアルゼンチンの今年のインフレは60%まで上昇すると指摘している。
例えば、ブラジルのイタウ・ウニバンコは当初50%のインフレを揚げていたが、それを修正して現在60%までインフレは上昇すると指摘している。JPモルガンは56%、シティーグループだと55%。スペインのBBVAは54%、サンタンデール銀行は49%と推定している。一番低いインフレ率を上げているのはカナダのスコシアバンクで37%としている。(1月16日付「エル・ディアリオ・エス」から引用)。
いずれにせよ、アルゼンチン政府が必要なだけ通貨を発行する習慣を止め、公共支出の削減を実行しない限りアルゼンチンの高いインフレから逃れることはできない。