ウクライナはアメリカとは無関係
実際、ウクライナは米国にとって戦略的に無関係である。ウクライナをめぐってロシアと戦争することを擁護する理性的な人はいない。
米国で最も著名な保守系テレビ司会者の一人、タッカー・カルーソン氏は緊迫するウクライナ情勢に対して上記の意見を述べた。
カールソン氏は一コメンテーターではあるものの、アメリカ二大政党制の一翼を担う共和党支持者に絶大な影響力を及ぼしている。それもあり、特に、選挙が近く、予備選において共和党支持者から全面的な支持を得る必要がある共和党候補の面々はカールソン氏の主張に迎合せずにはいられない。
例えば、アリゾナ州の上院選で共和党からの出馬を目指すブレイク・マスター氏はウクライナの状況は有権者が関心を持っておらず、世界の警察としてのアメリカの活動を反省するべきだとして、米国がウクライナとは「無関係」であるというカールソン氏と同じ主張を繰り返した。
さらに、オハイオ州上院選の共和党予備選に出馬予定のヴァンス氏とモレノ氏は、バイデン大統領が、ウクライナ情勢と比べ、メキシコとの国境の情勢には無関心だとして、ここでもバイデン氏の優先順位がおかしいというカールソン氏の批判を採用している。
また、今年度の中間選挙で再選がかかっている現役の共和党の下院議員たちも、バイデン政権のウクライナ危機への過度な介入を批判している。オンラインメデイアのアクシオスによると既に十数人の共和党の下院議員がウクライナ危機に巻き込まれる懸念を表明しており、そのうちの一人はこれを機にバイデン氏を弾劾するべきだとまで述べている。
一方で、上院共和党は、政争は水際までという、外交政策を政局を結び付けないというアメリカの伝統を堅持しているように見える。フロリダ選出の上院議員のマルコ・ルビオ氏はカールソン氏の私見が誤っていると述べ、ロシアの挑発に対して米国は行動しなければならないと示唆した。実際、ルビオ氏は有言実行をしており、共和党の上院議員の同僚とともに、ウクライナへの支援を許可する法案や、プーチンなどのロシアの政府高官などに制裁を加える法案を準備している。
上院議員は、下院議員と比べて任期が長く、党派性が反映されるように区画された選挙区から選出される下院議員とは違い州全体を代表している。そのような上院議員の性質も影響して、上院共和党はバイデン政権のウクライナ危機への対応については、党派性を出さずに、逆により強い態度でロシアと対峙することを望んでいる。
共和党の分断はどう転ぶ?
以上のように、共和党はウクライナ危機とどう向き合うか、すなわちロシアの脅威にどのように向き合うかについて、分断していることが分かる。伝統的にレーガンが共和党の保守化を推進してからは、ロシア(当時はソ連だったが)に対しては共和党は強硬姿勢を取ってきた傾向にある。現在の上院共和党はその古き伝統を継承しているとも言える。
しかし、トランプが共和党をハイジャックして以降、党内における対露感情は逆に良くなっていることから、トランプ氏のプーチン氏への好意的な発言や、ロシア疑惑に漬け込む民主党への反動が影響していることが読み取れる。
一方、トランプ氏が登場する以前から孤立主義勢力も歴史的に共和党内で一定数存在してきた。それを考慮すれば、トランプ氏の登場はそれらの勢力を勢いづかせ、そのことが草の根レベルでのウクライナへの介入を避けるべし、という党内世論を後押ししているという見方もできる。
さらに、この共和党の外交政策に関する党内分裂がどう転ぶのかは、日本に直接的な影響を及ぼす。下馬評では、2022年度中間選挙では共和党が少なくとも、下院での多数派を回復させ、バイデン政権の立法能力を奪い、バイデン氏のレームダック化を深刻なものにするであろう。
そうなれば、その勢いを維持したまま、共和党がホワイトハウスを2024年に取り戻す可能性が高まる。また、民主党が再選を目指さないバイデン氏に代わる候補を要していない現状は共和党とっては好材料である。
共和党が復権を果たせば、大統領は再びトランプ氏になるかもしれないし、古き良き共和党の系譜にあるルビオ氏になるかもしれない。大穴として保守派から絶大な人気を誇るカールソン氏になる可能性もある。
しかし、その時にトランプ氏、カールソン氏に系譜にあるアメリカの対外関与の抑制を求める勢力が多数派を握ってしまえば、たとえ台湾有事が発生しても「台湾はアメリカと無関係で、台湾をめぐって中国と戦争をすることは愚かだと」このままでは言い出す可能性は十分考えられる。
もし、アメリカが台湾有事の前に中立を貫けば、台湾の民主主義、人権は中国に吸収される形で無くなる。また、日本のエネルギーや資源が通る台湾付近のシーレーンを人質にした中国は日本を恫喝することが可能になる。
そのため、日本としては同盟国重視の上院共和党を助ける意味で、防衛費の増加や米軍との戦略面や戦術面での緊密な連携を推進することで、同盟へのただ乗りをしているという批判を封じる必要がある。さらに、喫緊のウクライナ危機における日本の対応も、上院共和党の国内での立場を守る上で重要になってくる。
しかし、安全保障の根幹は最悪の事態に備えることであり、その事態とはトランプ・カールソン派がアメリカの外交政策を実質的に左右できる権力を手に入れることである。それに備えて、独自の防衛力を日本は強化していく必要がある。
孤立主義を歓迎する勢力が影響力をこれ以上増大させないように日本としては、信頼できる同盟国として行動しなければならない。その手始めとして、共和党の外交政策における分裂がどう転ぶのかを注視していく必要がある。