欧州メディア35社が生き残りのためのスキルを探す

メディア環境が激変する中、報道機関はどのように対応していくべきなのか。世界のどのメディア組織にとっても、これは大きな課題である。著名メディアの成功例の報道は多々あるものの、では自分が所属するメディアは実際には何をするべきか。

2019年、世界ニュース発行者協会(WAN-IFRA)が立ち上げた年間プログラム「テーブル・ステークス・ヨーロッパ」は、答えを見つけるための一つの試みだ。欧州の複数のメディアが参加し、指導を受けながら自力で答えを見つけ、その過程を参加メディアと共有する。

初回(2019年秋から20年秋)には14社、第2回目(2020年―21年)には21社が参加した。参加者総数は約200人。第3回目(2021年−22年)は24社が参加する。

昨年12月に発表された 第2回目のプログラムの報告書をめくってみた。

「テーブル・ステーク」とは

「テーブル・ステーク(table stake)」とは賭け事に参加する人がテーブルに置く手持ちのチップ、つまり賭け金を意味するが、ここではニュース・メディアが生き残っていくために必要となるスキルを指している。

米レンフェスト・ジャーナリズム研究所で行われた「テーブル・ステークス」プロジェクト(2015年)(コンサルタントのダグ・スミス氏考案)の欧州版が、「テーブル・ステークス・ヨーロッパ」になる。

欧州版はWAN―IFRAが運営し、ニュース組織のデジタル化を支援する「Googleニュース・イニシアティブ・デジタル・グロース・プログラム」との協力で実施さ中だ。

プログラム参加社が目指すのは「印刷中心のレガシー経営」から「オーディエンス・ファーストのジャーナリズム」への移行である(第2回目の報告書「オーディエンスをより深く理解する」の序から)。

プログラムの構築者でメイン・コーチのスミス氏によると、「オーディエンスの生活に真の価値を加えることができるジャーナリズム」の実現までを試行錯誤する。

「ニュース・メディアが生き残っていくために必要となるスキル」として、7つが掲げられている。

1.「対象となるオーディエンスに合わせたコンテンツ・体験を提供する」
2.「対象となるオーディエンスが使うプラットフォームで出版する」
3.「オーディエンスの生活に合わせて、制作・出版する」。

 上記3つは「オーディエンス・ファースト」のスキルになる。

4.「時折訪れる利用者を、訪問が習慣となっている、価値があり、お金を払う支持者に変える」
5.「オーディエンスから収入を得る方法を多様化し、成長させる」
6.「組織の能力増大のために協力関係を結び、経費をより低くかつ柔軟性があるものにする」
7.「『小規模な出版社』の視点で、オーディエンスを増やし、採算性をあげる努力をする」(「小規模な出版社」については、後述)。

オーディエンス・ファーストの戦略を実行に移すため、プログラム参加者がオーディエンスのタイプを分析したところ、「家族」、「教師」、「スポーツファン」、「グルメ」などのキーワードによって25のグループに分けることができたという。グループ分けができると、今度はそれぞれのグループに合わせたコンテンツを提供できるようになる。

読者を「名前を持たない一つのグループ」として捉えない

ドイツの主要都市ケルン地域の日刊紙「Kölner Stadt-Anzeiger(KStA)」は、テーブル・ステークス・ヨーロッパに参加し、オーディエンスに焦点を合わせる戦略を実施したところ、デジタル購読者数を1年間で倍増させたという。

「小規模な出版社」という概念を採用し、特定の層のオーディエンス向けに編集チームを立ち上げた。

オーディエンスを「名前を持たない、大きな一つのグループ」として捉えないようにした。特定の層に細かく分け、各層のニーズや関心事に耳を傾けた。オーディエンスの生活に必要なコンテンツを提供するようにした」(KStAを出版するDuMont社のオーディエンス部門担当者ソフィー・ローリンジャー氏)。

オーディエンスのニーズを知るためには詳細なデータ収集・分析が欠かせなかった。それぞれの編集チームが共有するダッシュボードを作り、少なくとも週に1度はオーディエンスからの反応をフィードバックし合った。

新たな層の1つが「教師と親」。新型コロナウイルスの感染拡大で、政府から様々な規制情報が出た。情報の氾濫で「途方に暮れた」親や教師向けの情報提供を思いついたという。

グルメ向け、子供を持つ家族向けなどのニュースレターによって有料購読者を増大させた参加メディアが複数あった。

ドイツ北西部ニーダーザクセン州にある日刊紙「Nordwest-Zeitung (NWZ)」は家族向けのニュースレターの発行を2021年6月に開始した。年末までに3000人を超える購読者を得て、デジタル版の有料購読者増加に大きく貢献したという。

しかし、成功例ばかりではない。

ドイツ北東部メクレンブルク=フォアポンメルン州で発行される「Nordkurier」紙は同州にゆかりのある人々を対象に「Heimweh(ホームシックの意味)」と題するニュースレターを発行。この州には160万人が住み、ドイツでは人口密度が低い地域だ。1990年に東西ドイツが再統一すると、新たな経済機会を求めて多くの住民がこの地域を出てしまったためだという。

しかし、移住後も家族や親類、友人が残っていたり、何らかの関連を持っていたりすることが少なくない。そこで移住者を対象とするサービスを思いついた。

2020年12月に開始したニュースレターは昨年10月までに2800人まで購読者を増やしたが、伸び悩んだ。

読者に聞いてみると、現在住んでいる場所のメディアについては有料購読の意思があるが、住んでいない地域のメディアの有料購読は望んでいないことが分かった。そこで、ニュースレターは有料購読者を増やすためのツールではなく、移住者を地元に呼び寄せることを願う不動産企業、病院などの広告を出す場に変えた。

3回目のプログラムの参加メディアは、欧州12カ国にまたがる。このようなプログラムが日本でも実行できないものだろうか。ご関心がある方は、プログラムのウェブサイトで詳細をご覧いただきたい。

(新聞通信調査会発行の「メディア展望」(1月号)掲載の筆者記事に補足しました。)


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2022年2月7日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。