公務員給与削減に乗り出した中国:日本のバブル崩壊に学ぶしたたかな戦略とは(倉持 正胤)

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グローバル・インテリジェンス・グループ アナリスト 倉持 正胤

中国では労働市場の低迷に直面していると伝えられている。都市部における失業率は5パーセント程度でほとんど変わらないが、この数字は地方から都市部で出稼ぎして働く労働者数の実態を反映しているわけではない。

都市部ではパンデミック以前には、農民工の数が毎年200万~300万人増加していたが、パンデミック以降、農民工の数は増えていない。また、サービス業は中国における最多の就業先で、労働力の約47パーセントを占めているが、パンデミック以前の水準を下回ったままであり、製造業の雇用も伸び悩んでいる(参考)。

こうした労働市場の変調を反映して、大学卒業後の進路選択として、公務員試験、または大学院受験に向かう傾向が強まっている。

2022年に行われる国家公務員試験に応募した人数は212万人余りで過去最高となった(参考)。その後、正式に応募し、受験料を支払ったのは約174万人、実際の受験者数はその中の約142万人だった。この結果、応募倍率は46倍となり、採用ポストの数が変動していることもあって前年と変わらない数字であるが、応募者数の増加はパンデミック以降の経済的混乱を反映して、就職先として国家公務員が人気であることを示している。

また、地方公務員も同様に高倍率となる傾向を示しており、2020年の雲南省と貴州省では、平均競争倍率が84倍だったという。(参考)。公務員試験受験者が増加している一つの影響として、公務員試験受験塾がかつてないほど市場規模を急速に拡大させている傾向であるとのデータも存在している。(参考

図表:中国における国家公務員試験応募数(資格審査を通過した人数)(単位:万人)
出典:Baidu

図表:中国における公務員試験受験塾の市場規模(単位:億元)
出典:Baidu

しかし、中国の公務員、特に地方公務員は就職先として安定であるとも限らないといえるような内容の報道も伝えられている。

サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙によると、パンデミックの影響で地方政府の債務超過は深刻であり、中国本土の中で上海だけが昨年(2021年)11月の時点で財政黒字を達成したという。そのため、広東省の公務員の場合、主に住宅補助金のような非給与給付に削減が適用されるなど、地方公務員の一部に対しては、給与削減策が行われている模様である(参考)。

もっとも、公式に地方公務員の給与削減が行われているとの発表はなく、中央の公務員にも給与削減が及んでいるとの情報は見当たらない。それでも、パンデミックによる支出の増加や住宅市場低迷などのため収益が減少し、土地売却を主要な収入源として依存する地方自治体の財政が悪化していることは間違いなさそうであり、中国のネット上にも公務員給与が削減されているという情報は存在している(参考)。

また、中国は日本のバブル崩壊過程を注視し、教訓を得ていると考えられることから、大幅な公務員の給料削減を行わずに推移してきた日本を反面教師として対処している可能性も考えられる。

それでもなぜ中国勢で公務員は就職先として人気があるのだろうか。

中国メディアによると、その理由として、

  1. 公務員試験は大学入試と同様に公平な試験であること
  2. 仕事上のやりがい
  3. 給付金支給などの福利厚生
  4. 社会的な地位
  5. 安定性

といった理由が列挙されている(参考)。

つまり、パンデミックの影響により、民間企業が直面している苦境を反映する形で安定性の高いキャリアとして公務員人気が高まっていることが推察される(参考)。また、給与が削減されているとしても依然人気が高い理由として考えられるのは、給与削減はすべてのポストではなく、地域やポストによるとも考えられ、従来、ボーナスや福利厚生が充実していた一線都市が減給策をとっており、その他の地域などでは減給されていないという事情も考えられる(参考)。

他方で、こうした安定性や待遇に関わる議論以外にも、汚職による賄賂が手に入るためではないかとの推測も消えてはいない。例えば、新疆ウイグル自治区のトップ交代については左遷である可能性も指摘されているが(参考)、チベット開発の際に出土したヒスイなどを「貢ぎ物」として北京の幹部に送っているとされ、出世という可能性もあるかもしれない。こうした「貢ぎ物」として、他にも、歴史的な絵画なども出回っているという。

就職先としての人気度の推移は、経済・社会情勢における変化を如実に表す指標の一つであり、日本でも同様な傾向があるだろう。中国における社会不安がどれくらい表れていると見るべきなのかについて、公務員への就職人気やその給与削減の動向が一つのカギとなるのかもしれない。

倉持 正胤
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
青山学院大学大学院国際政治経済学研究科・国際政治学専攻修士課程修了。民放テレビ報道局にて国際ニュース部門、デジタルメディア編集などを担当した後、2021年8月より現職。