米下院が国内台湾施設を「台湾」表記にする法案を可決

4日の北京五輪開幕式では、北京が台湾の表記を従来の「中華台湾」から「中国台湾」に変えようとし、IOCの説得で従来通りになった事件があった。が、米下院がその4日に可決した法案には「米国が台湾を『Taipei』や『Chinese Taipei』ではなく『Taiwan』と表記する方針」が謳われている。

その法案は「AMERICA COMPETES ACT OF 2022(以下、「競争法」)」といい、222対210の僅差での可決だった。民主党の反対は一人のみ、共和党からも、トランプ弾劾に賛成し、1.6暴動を調査するパネルにも名を連ねるアダム・キンジンガー(中間選挙を機に引退予定)だけが賛成に回った。

民主党が「米国の半導体製造を増加させ、中国に対する米国の競争力を高める」と評価する「競争法」には、世界的な半導体チップ不足に対処するためのチップ製造に520億ドル、重要品目のサプライチェーン改善に450億ドル、科学研究・技術革新に1600億ドルなどの条項が盛り込まれている

America COMPETES Actは21世紀の課題に対応するものと述べるペロシ下院議長  Evan Vucci/AP
出典:NPR

民主党のペロシ下院議長は投票に先立ち、「競争法」は「米国が、製造、技術革新、経済力で卓越し、どの国よりも競争力があることを保証するもの」と自賛したが、キンジンガー以外の共和党下院全員と民主党からも一人反対者が出たので、60票以上を必要とする上院での調整が焦点になる。

米下院のHPに1月25日に提出された法案全文が掲載されている。が、2912頁と膨大で、1頁の文字数の少ない1行ずつ番号が振ってあるスタイルとはいえ、とても読み切れない。そこで法案の概要は報道から引用することとし、台湾に関する数セクションについて原文から要約してみたい。

そもそも上院は昨年6月、2500億ドルの「米国技術革新競争法」を共和党18名を含む68対32の超党派で可決していたし、「競争法」にも昨年の法案で共和党が共同提案した60以上の法案の一部が含まれている。だが下院共和党は、民主党が法案作成を独自に行ったことなどに不満を表明した。

特に民主党が盛り込んだ、途上国の気候変動への対応を支援するために国連が設立した「緑の気候基金」への2年間80億ドルの拠出を含む気候変動対策、貿易調整で失業した関係労働者への行き過ぎた支援措置、そしてネット販売に関する「Shop Safe Act」などが上院で紛糾しそうだとされる。

「Shop Safe Act」は昨年6月の上院の超党派法案に含まれていなかったが、今回民主党が入れ込んだ経緯がある。これはネット上での模倣品販売を取り締まることを目的とした法案で、オンライン上の偽造品を特定する負担を、著作権者からオンラインマーケットプレイス自体に移行させるもの。

電子商取引のサイトは、法的責任を回避するために各販売者の身元と商品の真偽を確認しなければならず、販売者に、商品の写真掲載や原産国を明らかにすることなどを義務づけることになるため、小規模業者を脅かし、Amazonなどの業界大手数社だけを更に利することになるとされる。

さて、台湾に関する条項は、全2912頁のうちの928頁(Sec. 30208)から978頁(Sec. 30212)までの5条項50頁とSec. 30286の「北極理事会における台湾のオブザーバー資格に関する方針声明」の「米国は、台湾に北極評議会のオブザーバー資格を与えるよう要請する方針である」との条項だ。

ポイントとなるのはSec. 30209の「台湾の外交的見直し(Taiwan diplomatic review)」だ。短いので全文を以下に示す。拙訳に拠る。

SEC. 30209. 台湾の外交的見直し

(a) 答申:議会は以下を答申する。

(1) 台湾関係法(22 U.S.C. 3301(b)(1))に従い、「米国民と台湾国民の間の広範かつ緊密で友好的な商業、文化、その他の関係を促進する」ことは米国の政策である。

(2) The American Institute of Taiwan(米国在台湾協会:AIT)のカウンターパートであるThe Coordination Council for North American Affairs(駐米国台北経済文化代表処)は2019年5月に「Taiwan Council for U.S. Affairs」(台湾米国事務委員会)と改称された。

(3) 米国は台湾を「Taipei」や「Chinese Taipei」ではなく、Taiwan」と表記する方針である。

(4) Taipei Economic and Cultural Representative Office(在米台北経済文化代表処:TECRO)は、台北に限らず、台湾の人々、組織、企業と米国の人々との間の広範で緊密かつ友好的な商業、文化、その他の関係を培うために活動しているので、その名称は適切ではない。

(b)TECROの名称を変更するための交渉――国務長官は、台湾と米国の関係が実質的に深まっていることを反映し、TECROのワシントンDCの事務所、米国内の台湾代表事務所、および米国内の支所を適宜改名する目的で、同所の適切な職員と交渉を開始するよう取り組むものとする。

筆者は昨年10月の拙稿「仏国家機関が公表した『中国の影響力工作』報告の中身」で、北京がいわゆる「三戦」、即ち「世論戦」、「心理戦」、「法律戦」を用い、あらゆることについて「サラミ」を少しずつスライスするように「既成事実化(fait accompli)」してゆく侵略の手口を紹介した。

11月には「米中会談で繰り返された『一つの中国』という絵空事(後編)」に以下のように書いた。

歴とした国家である台湾を、武力行使も辞さず統一すると言って憚らない覇権国家を制御できない国際社会は、拉致被害者を救えない日本と同罪だ。 しからばどうしたら良いか。現実的な策は北京と同じ手、つまりサラミスライスで徐々に既成事実を積み重ねることだ。差し詰め台湾のCPTPP加入は日本が議長国の今年のうちに承認すべきだし、ICAOやWHO総会への参画なども良い。

北京離れの著しい欧州の急先鋒リトアニアにこの18日、台湾は事実上の大使館「代表処」を置いたが、これに「台北」でなく「台湾」を冠した。北京の猛反発ぶりを見ると、これを機に西側各国の「台北代表処」を「台湾代表処」と変更するのも既成事実の妙案のひとつと思う。安倍元首相の台湾訪問も既成事実の重要なひとつだ。筆者は来年の早いうちに必ず実現するだろうと考えている。

今回の米国による「台湾の外交的見直し」の一連の条項や「北極評議会のオブザーバー資格の付与」などの方針は、まさに北京の「サラミスライスに拠る既成事実化」のやり口を逆手に取った、極めて有効な妙手ではあるまいか。

残りの4つの条項は以下に表題のみを記しておく。

  • Sec. 30208. Enhancing the United States-Taiwan partnership.(米台パートナーシップの強化)
  • Sec. 30210. Taiwan Peace and Stability Act. (台湾の平和と安定に関する法律)
  • Sec. 30211. Taiwan International Solidarity Act. (台湾国際連帯法)
  • Sec. 30212. Taiwan Fellowship Program. (台湾フェローシッププログラム)

「競争法」は過去のものも入れ込んだ膨大な法案のパッケージになっていて、孟晩舟との取引で決着済の北京が拘束したカナダ人の即時解放を求めていたり(SEC. 30243)、台湾の人口が23,000千人と23,500千人の二つの数字があったりで、結構いい加減なところがある印象を受けた。

そのことは措くとして、たとえ幾つかの法案で紛糾したとしても、台湾に関係する条項だけは別個に切り出してでも早急に上院で可決し、バイデンの署名まで待って行って欲しいものだ。