半世紀前の71年9月21日に始まった第26回国連総会では、49年10月の中国成立以来の中国代表権問題に関する決議2758が採択された。この問題では、前年の第25回総会で「中華人民共和国政府の代表権回復」を趣旨とするアルバニア決議案への賛成票が反対票を上回って以来、国府を国連から追放すべきか否かに争点が絞られていた。
(前編はこちら)
米国は同年9月までに、二重代表制決議案(中国を国連参加させ、安保理常任理事国の席を与えると同時に国府の議席も認める)、および追放反対重要問題決議案(重要問題である国府追放は、憲章18条に従い3分の2の多数によって決める)を提出、日本もこれに同調していた。
10月25日の表決では、追放反対案が8票差で先議権を獲得したが、決議案自体は否決(賛成55、反対59、棄権15、欠席2)され、続いてアルバニア案が賛成76、反対35、棄権17、欠席3で採択された結果、二重代表制案は表決に付されなかった。アルバニア案の表決に先立ち国府代表は、これ以上総会の審議に参加しないと宣言、議場から退場した(以上、外務省サイト)。
歴史に「イフ」は禁物だが、この時に二重代表制決議案が先議されて通っていたら、今日の台湾海峡問題は存在しなかった可能性がある。また経過から明らかなように、米国も日本も「二つの中国」を認める立場だった。しかしアルバニア案が通ったため、「台湾は中国の一部であるという中国の立場を認識する」との立場をとるに至った(ニクソン訪中は72年2月、日中国交回復は72年9月)。
一方、「大陸反攻」の夢を捨てきれない蒋介石が健在だった国府が、二重代表を潔しとしなかった可能性も高い。米国は反攻のための支援を求める蒋を宥めるのに、蒋が生涯を閉じる75年まで腐心した。が、子の経国が87年に戒厳令を38年振りに解き、88年の経国の死を経て彼が指名した本省人の李登輝副総統が総統に就くや、台湾の民主化は一気に加速、二国論を表明する(参考拙稿「トランプが正反両面の教師とすべき李登輝の身の処し方」)。
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2000年の総統選挙で終戦以来の国民党支配を打破した民進党陳水扁総統は02年8月、次のように述べた(以下、引用はヘリテージ財団上級研究員ジョン・タシクJr.「本当に中国は一つなのか」草思社)。
台湾は我々の国である。そして我々の国は如何なる脅しや軽蔑を受ける理由もなければ、国際社会から疎外されたり、一地方政府として扱われたりするいわれはない。・・台湾は他国の一部ではなく、地方政府でもなく、まして他国の特別行政区でもない。台湾は第二の香港やマカオなどにはならない。台湾は主権を有する独立国家だからだ。
ところが、バイデン政権の主要政策である気候変動対策大統領特使の「気候皇帝」ジョン・ケリーは04年1月の大統領選討論会で、民主党候補として次のように述べた。発言は明らかに陳水扁の発言を念頭に置いている。
米国はこれまで一貫して、中国の体制が非常に酷いものであることを重々承知の上で「一つの中国」政策を維持してきた。これは共和党の大統領も民主党の大統領も同じだった。私はこれが正しい政策だと考えている。今こそ我々は台湾に対して強い姿勢で臨まねばならない。アメリカは台湾の民主主義を支持し、資本主義の下に構築された台湾社会を承認してはいるが、その独立は容認しないということを明らかにすべきではないか。香港やマカオと同様、「一国二制度」を推進する努力を将来的に継続してゆくことが、台湾問題を解決する方法だと私は考えている。
陳水扁とジョン・ケリーの発言を並べて引いたのは、中国共産党創立100年に当たる只今現在、何の先入観も予備知識もなしに台湾の置かれた今の状況を目の当たりにした者が、陳発言とケリー発言のどちらを「もっともだ」と思うかを問いたいからだ。
陳発言は李登輝登場から現在に至る台湾の姿をありのままに述べたに過ぎない。それに引き換え、矛盾に満ちたケリー発言が間違いであったことは今や明らかだ。中国の体制が酷いなら「一つの中国」の維持を辞めるべきだし、台湾の民主主義を支持するなら独立を認めれば良い。何より「一国二制度」の欺瞞性はここ一両年の香港の出来事で証明された。
オバマ政権の副大統領としてケリー国務長官(副長官はブリンケン)と共に過ごしたバイデンは、習との会談を終えた後に訪れたニューハンプシャーで記者団に次のように語った。
私は、彼らが決めなければならないと言った。「彼ら」とは台湾だ。我々ではない。我々は独立を奨励しているのではなく、台湾(関係)法が要求することを彼らが正確に行うことを奨励している。それが我々のやっていることだ。彼らに決断させましょう。
つまり、キャンベルと同様に「台湾独立を支持しない」が、「台湾が決めるなら話は別だ」と言うことか。この発言に、筆者は下記の「ポツダム宣言12項」を思い出した。
十二 前記諸目的が達成せられ且日本国国民の自由に表明せる意思に従ひ平和的傾向を有し且責任ある政府が樹立せらるるに於ては、聯合国の占領軍は、直に日本国より撤収せらるべし。
昭和天皇は、これでは国体が維持されないとの平沼枢密院議長や阿南陸軍大臣らの懸念を伝える木戸内府に、「たとい連合国が天皇統治を認めても、人民が離反したのではしようがない。人民の自由意思によって決めてもらって、少しも差し支えない」と述べた(「昭和天皇語録」講談社学術文庫)。
では台湾人はどういう考えかといえば、20年の政治大学選挙研究センターの世論調査では、現状維持:52.3%(61%)、台湾独立:35.1%(20%)、中国との統一:5.8%(10%)となっている(習近平登場前の09~11年当時)。自分は台湾人だと答えた者も67%(53%)に跳ね上っている。
が、バイデンも用いた「現状維持」は便利な語で、各人が考える「現状」は「一つの中国」と同じく一様でない。「現状」を、北京による侵攻はないと考える者もいれば(台湾人の多くはこれらしく、蔡総統は何かというと中国を持ち出す、という知人もいる)、近い将来それがあると考える者もあろう。後者は現状維持を望むまいし、前者は現実逃避を決め込んでいるのかも知れぬ。
だのに、バイデンから「彼らが決めなければならない」と言われても、北京が反国家分裂法で台湾の独立分子に対する武力行使を謳っている以上、台湾人がその意思を自由に発露することは容易なことではあるまい。蔡政権は台湾関係法などに拠りつつ国防強化に努めるが、中台は人口もGDPも桁が違うし、軍事力も差がある。
この状況には拉致被害者家族の現状が重なる。できることなら自ら北朝鮮に乗り込んででも肉親を助け出したいとお思いのことだろう。が、国家が憲法9条に縛られてできないことを、個人が出来るはずがない。歴とした国家である台湾を、武力行使も辞さず統一すると言って憚らない覇権国家を制御できない国際社会は、拉致被害者を救えない日本と同罪だ。
しからばどうしたら良いか。現実的な策は北京と同じ手、つまりサラミスライスで徐々に既成事実を積み重ねることだ。差し詰め台湾のCPTPP加入は日本が議長国の今年のうちに承認すべきだし、ICAOやWHO総会への参画なども良い(参考拙稿「仏国家機関が公表した『中国の影響力工作』報告の中身」)。
北京離れの著しい欧州の急先鋒リトアニアにこの18日、台湾は事実上の大使館「代表処」を置いたが、これに「台北」でなく「台湾」を冠した。北京の猛反発ぶりを見ると、これを機に西側各国の「台北代表処」を「台湾代表処」と変更するのも既成事実の妙案のひとつと思う。
安倍元首相の台湾訪問も既成事実の重要なひとつだ。筆者は来年の早いうちに必ず実現するだろうと考えている。但し、筆者は中国承認の過程を見るにつけ、「台湾が独立を宣言し、西側諸国が間髪を入れずこれを承認する」策も絵空事とは思っていない(参考拙稿「安倍訪台は『一つの中国』という絵空事を葬る前奏曲だ」)。