米最高裁、初の黒人女性判事誕生へ向けブライヤー判事退任

スティーブン・ブライヤー判事
出典:Wikipedia

昨年、1兆円の損害よりもイノベーション優先の米最高裁 で紹介した判決を書いたスティーブン・ブライヤー判事が引退する。ブライヤー判事は著作権の保護期間を著者の死後50年から70年に延長した、1998年の著作権法改正に対する違憲訴訟では少数意見を書いた。

7人の判事が賛同した多数意見に反対する意見だったが、5人のノーベル賞受賞者を含む経済学者によるアミカスブリーフ(法廷助言書)をもとにした少数意見だった(詳細は林紘一郎編『著作権の法と経済学』第5章の拙稿「権利保護期間延長の経済分析:エルドレッド判決を素材として」参照)。

なぜ大統領は最高裁判事の人選にこだわるのか?

最高裁判所判事には定年がないため、在任が長くなる傾向がある。ブライヤー判事も27年間、勤め上げたが、同判事よりも先任のクラレンス・トーマス判事(73歳)は今年就任31年目を迎える。

長官の在任期間を見てもロバーツ現長官は第17代長官。対して、バイデン大統領は第46代目。歴代在職者の人数を1789年の初代の就任から2022年までの233年で割って、平均在職年数を計算すると大統領の5.07年に対し、最高裁長官は13.7年と長官は大統領の2.7倍長く勤続している。

バイデン大統領は2020年の大統領選で黒人女性を最高裁判事に任命することを選挙公約に掲げた。その公約を実現する機会が訪れたわけだが、大統領が選挙公約に掲げるほど最高裁判事の人選に執心するのは、自身は再選されても8年しか職にとどまれないが、判事には定年がないため、自分の考えに近い人を選ぶことにより自らの影響力を長く残したいから。

ジョン・ロバーツ長官
出典:米最高裁HPより

その影響は長官人事にも現れる。長官は必ずしも最年長の判事や在職期間最長の判事から選ばれるわけではない。そうすると長官の後任を選ぶ際、大統領は反対党の判事を選ばなければならなくなるが、そうした拘束はないので、長官も大統領が自由に選任できる。

このため、歴代長官17名のうち陪席判事から昇格したのは、一旦退任した後、長官に再任された判事2人を含めても5人にすぎない。

ジョン・ロバーツ現長官も2005年に50歳の若さでいきなり長官に任命された。仮に前任のウィリアム・レーンキスト長官と同じ80歳まで務めるとすると、あと13年通算30年と任命したブッシュ大統領(息子)の8年の4倍近い期間、長官に在職することになる。

今秋までに新判事の任命手続きを終えたいバイデン大統領

定年がないため、レーンキスト前長官同様、亡くなるまで務める判事も少なくない。ブライヤー判事の前に退任したルース・ベイダー・ギンズバーグ判事は、癌と闘いながら2020年に87歳の生涯を閉じるまで現役のままだった。

ブライヤー判事はバイデン大統領が陪席した1月の引退会見でも若者に熱く語りかけ、元気そうだった。以下はその会見模様からの抜粋である。

若者たちに私はこう言うんです。裁判長の席に座っていろんな案件を裁きます。しばらくするとこんな印象を持つようになります。この国はなんて複雑なんだろうと。3億3000万人の人がいて、いろんな人種がいて、いろんな宗教があって、そして考え方も人によって全く違います。

そんな中で奇跡だと思うのは、考え方が全く違う人がいても、法の下でその違いをなんとか解決しようという決意がそこにはあるんです。

それを冷笑する学生たちにはこう言うんです。「その努力をしない国がどうなっているか、見てごらん」と。(合衆国憲法の冊子を取り出して)いつもこれを持ち歩いているんですけど、「アメリカ国民はこの合衆国憲法を受け入れ、法の支配の重要性を受け入れたんですよ」とね。

ブライヤー判事同様、リベラルな判事を任命することができるバイデン大統領の任期はまだ3年近くある。なぜこのタイミングで退任するかは判事の任命手続きが関係する。

任命には上院の承認が必要だが、上院は現在、民主党、共和党とも50名ずつ。賛否同数になった場合は議長を兼務するカマラ・ハリス副大統領(民主党)が決裁権を持つため、上院の承認は何とか得られそうだが、今年11月の中間選挙で共和党が多数党になるとそうはいかない。史上初の黒人女性最高裁判事の任命が難航しないように秋の中間選挙前に承認手続きを終えたいわけである。

最終的に大統領を決める権限を持つ最高裁

このように大統領は最高裁をコントロールできる絶大な人事権を持つが、最高裁も大統領選をめぐる裁判において最終的に大統領を決める権限を持っている。2000年の大統領選でブッシュ、ゴアの両候補はまれに見る大接戦を展開。勝敗の行方を決することになったフロリダ州の集計結果を巡る訴訟で、最高裁は最終的勝利者を決定づける判決を下した。

司法がどこまで政治過程に介入すべきかについては、意見の分かれるところである。判決もそれを意識して以下のように結んだ。

司法権の制約を当法廷の判事達ほど意識している者はいない。また、大統領の選出を国民が、議会を通じ、政治的に行うことを定めた憲法を当法廷の判事達ほど賞賛している者はいない。しかし、両当事者が求めてきた以上、司法制度にゆだねられた連邦法と憲法上の問題を解決するのは、当法廷の避けて通れない責任である。