ロシアによるウクライナ侵攻
ロシアのプーチン大統領は、2月21日旧ソ連領であったウクライナの東部の一部を実効支配する親ロシア派武装勢力「ドネック人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を一方的に国家承認する大統領令に署名した。
さらに、プーチン氏は両「共和国」からの要請という形で、ロシア軍を「平和維持部隊」の名目で親ロシア派支配地域に派遣することを国防相に命じた。そして、2月24日ロシア軍は遂にウクライナへの攻撃を開始した。
今回のロシアによる独立の承認とロシア軍のウクライナへの侵攻は、まさに「力による現状変更」に他ならず、ウクライナの主権と領土の保全を侵害する独立国家に対する侵略であり、国連安保理常任理事国にあるまじき国連憲章第2条(「行動原則」)を無視する国際法違反と言えよう。
プーチン大統領の真の意図
今回のプーチン大統領による独立承認と、ロシア軍のウクライナへの侵攻には、安全保障上、ロシアと国境を接するウクライナのNATO(北大西洋条約機構)への加盟を阻止する意図も考えられる。
しかし筆者は、このような意図よりもむしろ、旧ソ連崩壊を屈辱と考えるプーチン大統領の真の意図は、旧ソ連領であったウクライナやグルジア、バルト三国等を含む旧ソ連の領土を取り戻し、旧ソ連の版図を回復し、「偉大なロシア」を再興したいとの野望が大きいと考える。2008年の「グルジア侵攻」、2014年の「クリミア併合」もその一環と言えよう。
そうだとすれば、今回の侵攻で狙っているであろう首都キエフを含むウクライナ全土のロシア領への編入だけで済む問題ではないと考えるべきである。
米国バイデン政権の対ロ抑止力低下
今回のロシアによるウクライナ侵攻の背景には、中国による「台湾有事」や「南シナ海問題」への対処など、「クアッド」や「オウカス」等の枠組みにより、中国に対して軍事力を集中せざるを得ない米国バイデン政権の、対ロ抑止力の低下があると筆者は考える。ロシアや中国が相次いで開発した迎撃困難な極超音速弾道ミサイル兵器の影響もあろう。
このため、バイデン政権はロシアに対して軍事介入の選択肢はなく「経済制裁」しか発動できないのが現状である。しかし、「経済制裁」は2014年の「クリミア併合」でロシア側も織り込み済みであり、最近の原油高もあり、影響は限定的と言えよう。
もちろん、米国は、対中、対ロの二正面作戦を回避するため、NATO非加盟国のウクライナを支援すべき軍事介入は困難である。しかし、これまで、ロシアによる「クリミア併合」後の米国のウクライナに対する兵器等の援助は8年間で総額25億ドルにとどまっており、今回の侵攻を考えると、対ロ抑止力として十分ではなかったと言えよう。
ウクライナの「永世中立化」と「核持ち込み」
今後、ウクライナがロシアの侵略から主権と領土と国民を守るために、筆者は二つの選択肢が可能と考えている。
第一の選択肢は、永世中立国スイスのような、ウクライナの「永世中立化」である。これは国境を接するロシアにとっても安全保障上有益であろう。国連が関与し、米英ロ独仏中を含む関係諸国が、ウクライナの永世中立を保障し承認する「永世中立条約」または「永世中立協定」を締結するのである。中国も1999年にウクライナから空母「遼寧」を約2000万ドル(約24億円)で購入しており、貿易や「一帯一路」を含め関係国である。
第二の選択肢は、第一の選択肢が困難な場合は、米国によるウクライナへの「核持ち込み」である。これにより一定の「核抑止力」を獲得したウクライナに対しては、核大国のロシアといえども、ウクライナへの侵略は著しく困難となるであろう。なぜなら、ロシアの首都モスクワとウクライナの首都キエフの直線距離は758キロであり、モスクワは「中距離核弾道ミサイル攻撃」の完全な射程圏内となるからである。
核を放棄したウクライナの悲劇
今回、ウクライナがロシアから軍事侵攻を受けた最大の原因は、ウクライナの「核放棄」にある。1991年にソ連が崩壊しウクライナが独立した当時、ウクライナは1240発の核弾頭と176発の大陸間弾道ミサイルという世界第3位の核兵器を保有していた。
しかし、ウクライナは、核不拡散と核独占を狙う米国・ロシアから核の放棄を強要され、ウクライナの独立・主権・安全を保障する1994年の「ブタペスト覚書」と引き換えに核をすべて放棄し、ロシア側に引き渡した。このため、ウクライナは隣国の核大国ロシアに対して一切の「核抑止力」を失い、その結果、2014年の「クリミア併合」、さらには今回「ブタペスト覚書」を反故にする軍事侵攻を受けたのである。
もし、ウクライナが核を放棄していなければ、「クリミア併合」も今回の軍事侵攻もなかったであろう。なぜなら、ウクライナによる対ロ「核抑止力」が働き、首都モスクワが核攻撃の対象となれば、プーチン大統領といえども核を持つウクライナへの侵攻は躊躇せざるを得ないからである。
その意味で、今回の事態は、まさに核を放棄したウクライナの大失敗であり悲劇である。日本は、他国とはいえ、この厳粛な事実と教訓を肝に銘じ、「核抑止力」を含め、米国に頼り切ることなく、最後は「自分の国は断固として自分で守る」という日本防衛のために、勇気と覚悟と英知を持つべきなのである。
国際社会では、外交力だけでは国は守れないのであり、外交力を担保する強力な経済力と軍事力が「抑止力」として必要不可欠であることを、今回のロシアによるウクライナ侵攻が証明していると言えよう。