空しい外交努力の結末
ロシアによる侵攻を防ぐためにフランスやドイツを中心にシャトル外交が繰り広げられれ、外交努力を重視する姿勢が示された。しかし、それをあざ笑うかのようにプーチン大統領は新露派勢力が支配するドネツク州、ルハンスク州を国家承認して、平和維持活動と称しロシア軍をそれらの地域に派遣した。
欧米諸国による不断の外交努力は徒労に終わり、事態は新たな展開を見せている。当初はアメリカは抑制的な制裁を課すだけかと思われていた。しかし、バイデン大統領は23日に二つのロシアの主要金融機関、そしてプーチン大統領を取り巻く人々にも制裁を課すことを発表した。さらに、ロシアのソブリン債にも制裁を課し、それによって欧米諸国から資金調達により国債をファイナンスすることを出来なくする措置も発表した。
バイデン大統領は上記の制裁を「第1段」の制裁だとしており、ロシアの行動次第ではさらに厳しい制裁措置も辞さないことを示唆した。
それだけではなく、米国の同盟国もロシアに対する制裁を課す意向を示している。ドイツはロシアとの間の天然ガスパイプライン、それまで明言することに躊躇していたノルドストリーム2の承認作業の中止を発表し、意地を見せた格好になった。
また、フォーリンポリシー誌の報道によれば、日本、シンガポール、台湾がロシアに対して半導体などの機微技術の輸出管理を厳格化する方針であると報道された。対ロシア抑止という点では外交努力は失敗に終わったが、西側が足並みをそろえるという意味では成功したと言えるのかもしれない。
拙稿がご笑覧されてる間にも、情勢は目まぐるしく変化していることは間違いないが、冒頭で述べたロシアの動きは始まりに過ぎないことは明確である。そして、それはプーチン大統領の演説の内容が示している。
目指すはロシア帝国の復興
プーチン大統領は演説でドネツク州、ルハンスク州を国家承認する理由として、ウクライナがそれらの地域での戦闘を平和裏に収束させることを怠ったからだと結論付けた。しかし、その単純な結論にたどり着くまでに、ロシアとウクライナの歴史的関係性を長きにわたって説いている。そして、以下で紹介するプーチン氏の歴史感、歴史についての執着を筆者は特に懸念している。
まず、プーチン氏はウクライナがロシアの「歴史、文化、精神的な空間にとっては不可侵な場所」であるとして、ロシア人とウクライナの同質性を強調し、昨年に発表した自身の論文のテーゼを強調した。
次に、ウクライナの国家としての起源をソ連がドイツ帝国と結んだブレスト・リトフスク条約に求め、ボルシェビキ勢力がウクライナを生み出し、それゆえウクライナは「ウラジミール・レーニンのウクライナ」と称されることが出来ると述べた。
そして、その後もウクライナをロシアから遠ざけようとした歴代のソ連指導者の失態を批判している。スターリンについてはレーニンの決定を修正しなかったことを批判した。また、ゴルバチョフについてはソ連を構成する共和国に自決権を与えたことを非難し、それがナショナリズムを刺激し、取り返しのつかない状況を生んだと示唆している。
プーチン大統領は以前にソ連の崩壊を悔やむ発言をしており、上記で述べたソビエト共産党に対する熾烈な批判はその発言と矛盾しているように見えるが、そうではない。プーチン氏が悔やんだのはロシアが超大国から滑り落ちた事実である。また、同時にプーチン氏の過去への過度なノスタルジアは、ソ連より昔に存在した彼が考える統一されたロシアを取り戻したいという思いが透けて見える。そのロシアとはロシア帝国である。
ウクライナ人とロシア人の同一性についての強調、ロシアからウクライナを引きはがしたソ連指導者への非難は、ロシア帝国が本来あるべきロシアの姿だと示唆していることと同意である。
そして、それらのことについての説明を演説のほとんどを使って説明したこと、わざわざ全世界に向けて発表したという事実は、プーチン大統領の野望が、単にウクライナの一部だけにとどまっていないことを示唆している。
猜疑心の塊でしかないプーチン
さらに、NATOやウクライナに対するプーチン大統領の脅威認識は、もはや対話を通じて彼に説得を試みることが不可能であると思わされる。
プーチン氏は米国を中心としてNATOがウクライナを軍事要塞にしようとしていることを批判し、米国の反ロシア政策を取っているとも述べている。ウクライナが西側と協調してクリミア半島の奪還に動いていることも非難している。
プーチン氏の西側、ウクライナに対する見解は猜疑心の塊でしかなく、極めて独善的なものである。そもそも、両者の態度が硬化した理由がロシアの一方的で突発的な行動に原因があるにもかかわらず、プーチン氏はそれを考慮しようともしない。同様にロシアと隣接する国々が次々と自発的にNATOに加盟したのが、あたかも欧米の陰謀であるとしており、チェンチェン紛争や議会勢力を弾圧する動きなどが遠因としてあることも検討しようともしていない。
プーチン氏の頭の中では西側が全て悪く、ロシアが弱い者いじめされているという極端なイメージで支配されている。そして、そのような考え方は危険であり、妥協する余地が見いだせない。
危険な兆候
このように、プーチン大統領が演説で協調した事柄、そこから読み取れるロシア帝国の再興という野望、自国の無謬性を疑わない姿勢は危険な兆候であり、最近見られた事態の急変は出発点にしか過ぎないことを物語っている。
そして、そのような兆候を持っている人物が世界で最も多く核兵器を保持している国の指導者であり、欧州諸国のエネルギー安全保障を人質に取っている。また、そのような人物が存在している世界に我々が生きていることを自覚しなければならない。