日本のネット言論を見ていると、ウクライナが1994年のブダペスト合意で核を放棄したのは間違いだったというトンデモ議論が盛んだ。
しかし、そんな議論は欧米では見られないし、何より北朝鮮の核保有を後押しする売国的言説だと思う。
それに当時の経緯をリアルタイムで知っている立場からすれば、ウクライナの核保有に青ざめたのは欧米などだし、もし核保有を引き続き認めていたら、その核技術は北朝鮮などに流れ日本の安全は致命的に危ういものになっていただろう。
ウクライナは1994年12月7日、世界3位の保有量だった核兵器を放棄するかわりに、領土の安全性と独立的主権が保障する「ブダペスト覚書」をアメリカ、イギリス、ロシア、ベラルーシ、カザフスタンとともに結び、中国とフランスは別々の書面で若干の個別保障をしている。
ウクライナは1800余基の核弾頭とICBM(大陸間弾道ミサイル)を全てロシアに返還・廃棄し、1996年6月には全ての核兵器をロシアに渡し、非核化を完了した。
たしかにウクライナとしては、愚痴をいいたい気持ちは分かる。ウクライナのドミトロ・クレバ外相は米フォックス放送に出演し「当時ウクライナが、核放棄の決定をしたのは失敗だったのか」という質問に、先のように答えた。
クレバ外相は「過去を振り返りたくはない。過去に戻ることはできない」と即答を避けた。しかしその後「当時もし米国が、ロシアとともにウクライナの核兵器を奪わなかったら、より賢明な決定を下すことができただろう」と語った。
何も単純に間違いだったと云っているのではない。欧米で誰もウクライナに核兵器を持たせておけば良かったなどと考えないからだ。
私はソ連崩壊からしばらくの時期、パリでロシア情勢の調査をやりフランス政府などの幹部やジャーナリストとリアルタイムで意見交換していたしロシアにも行ったので、ヨーロッパ各国にとってウクライナが核を待ったまま独立することを絶対阻止することが至上命令だったことをよく覚えている。
なにしろ、あのあたりはコサックとかいろいろいて、なんというか極東でいえば、馬賊が跋扈するような地域だ。そんなところに軍事大国などできてはたまらないと言っていた。
そして、さすがに核兵器は経済支援などいろいろいって放棄させたが、そこに残ったミサイルなど軍事技術は北朝鮮などに流出して世界平和をおおいに乱している。
また、航空母艦まで持たせたので、それは中国に売られて日本にとって脅威になっている。
したがって、ウクライナに強力な軍事力など持たせなければ経済援助もしなかったし、こんどは、貧弱な経済力で軍備など維持できなかっただろう。
つまりウクライナが核兵器や分不相応な軍備を維持するべきだったなどというのは、北朝鮮に対して、いまの路線が正しい、経済的に苦しかろうがなんでも軍縮には応じるべきでないし、核兵器やミサイルの開発や保持はなんとしても維持すべきだと応援の言論を張っているのである。
それでは、ウクライナが何を間違ったかと云えば、ロシアから身を守る分相応で合理的な軍備や国防意識を育てなかったということはある。
しかし、一方で歴史的にロシアだけが敵だったといわんばかりの、まったく空想的な歴史観に基づくロシアへの対抗心、国内少数民族としてのロシア人への差別と圧迫、ロシアに脅威を感じさせるような外交などが賢明だったわけでない。
歴史でもかつてのキエフ大公国の継承国家はどう考えてもロシアであってウクライナではない。
たしかに、キエフ大公国の首都はキエフだが、かつての首都がいまは外国などということは、ハンガリーの首都でマリア・テレジアが戴冠式をしたのはいまのスロバキアの首都であるブラチスラバだとか、ササン朝ペルシャの首都はイラクのクテシフォンだったなどいくらでもある。(そのあたりの経緯は、「世界史が面白くなる首都誕生の謎」知恵の森文庫で書いた)。
ウクライナ国家はロシア革命までなかったのだから何百年にもわたる宿敵であろうはずがないし、ウクライナの人でナチスに協力した人が多いのも事実でロシア人がそれを恨みに思っていることも不当ではない。
ウクライナの反ロシア主義は、韓国の反日歴史観に酷似しているし、それが国を守るのに役に立っているとは思えない。
また、さすがにNATOに入りたいとかいうことになると、それはかなりの冒険主義だ。主権国家として自由ではあるが、それなら、キューバが中国やロシアと軍事同盟を締結してミサイルを配置してもアメリカは容認するのかということになる。