ウクライナ侵攻:楽観的な予測は禁物

石破茂です。

石破茂氏Twitterより 編集部

ロシアのウクライナに対する軍事侵攻について、日本では「力による現状変更は国際法に明確に違反する許されない暴挙である」「G7を中心とする国際社会は結束してロシアに対して断固たる毅然とした対応をすべきである」「プーチン大統領は今からでも姿勢を改めるべきである」という論旨で一貫しているように思われます。どれも正論ではありますが、当然のことながらプーチン大統領がこれに応じて態度を改めるとは毫も思われません。

「力による現状変更は許されない」と批判をしたところで、「現状は力によらなければ変更できない」という正反対の価値観を持つ相手は何の痛痒も感じないでしょう。NATOは少なくとも今のところ、ウクライナに対して武器の供与は行っても、自ら軍事力を行使することは明確に否定しています。今後の推移にもよりますが、NATO加盟国ではなく、従って集団安全保障の対象とならないウクライナを守るために加盟国が軍事措置の決断をすることのハードルは低くはないでしょう。アフガニスタンやイラクでの「戦争疲れ」が云々される米国内世論も同様です。

今後、厳しい経済制裁が効果を挙げることが期待されますが、あの北朝鮮ですら長期にわたる制裁に耐え抜き、核開発を進めてきました。ロシアは世界有数のエネルギー資源大国であり、穀物ベースでの食料自給率も世界第11位の184%です。効果を上げられる経済制裁とはいかなるものか、精緻に分析しないままの楽観的な予測は禁物です。

大手メディアではあまり触れられない論点ですが、ブダペスト覚書(メモランダム)が今回、完全に反故にされたことにはもっと注意が必要です。ブダペスト覚書とは、1994年、当時世界第3位の核保有国であったウクライナがNPTに加盟するにあたり、ロシア・アメリカ・イギリスの3国がウクライナの安全を保障するとした署名文書です。この覚書によって、ウクライナは自国の核をロシアに移転しました。2014年にウクライナの安全が脅かされた時、この覚書違反を指摘したのに対し、ロシアは「約束したのはウクライナを核攻撃しないということだけだ」と言い放っていますが、覚書でも一定の法的拘束力は持つはずです。

ウクライナの東部2州の一部を独立国として勝手に承認したことで、ミンスク合意も破られました。ドイツの鉄血宰相ビスマルクの「ロシアと結ぶ合意は、そこに書かれていることに価値が無いということだ」との言葉を想起します。

一方で、リビアのカダフィやイラクのフセインがそうであったように、核を手放すことには大きなリスクが伴います。私は決して核保有論者ではありませんが、日本が核兵器開発能力を維持することと、核の拡大抑止(「核の傘」)の実効性を高めていくことの重要性は、より一層高まったと言わねばなりません。

故・村田良平外務事務次官(のちに駐米・駐独大使)は、アメリカの原潜搭載核ミサイルを日本が共用するとのアイデアを持っておられ、かなりの批判を浴びましたが、ドイツのダブルキー政策など、日本も「核を使わせないための核政策」を真剣に議論する機会とすべきです。

ロシアがウクライナに武力攻撃を仕掛けたことで、NATOへの加盟願望が一層高まると考えるのが普通ですが、何故プーチン大統領がこのような決断をしたのか、理解に窮しています。

プーチン大統領は、東西冷戦終結時(旧東ドイツがNATOに加盟した時)、これ以上のNATOの東方拡大はないと約束したではないか、だからこそワルシャワ条約機構も解体したのに、重大な約束違反だ、騙されたと主張しています。しかし口約束程度のやりとりが仮にあったにせよ、北大西洋条約そのものにいわゆる「オープンドア原則」が明記されている以上、これはかなり無理筋の主張です。

むしろ今、日本が考えるべきは、アジア・太平洋においてNATO的な組織を構築する必要性についてでしょう。集団的自衛権の議論はまさしくこれに直結するものであり、これを等閑視することは日本と地域の安全に決して寄与しない、と私は20年来確信しています。

プーチン大統領は今回の武力行使の目的として「ウクライナの非軍事化」と「ウクライナの非ナチス化」の二つを挙げています。

「非軍事化」とはアメリカ(を中心とする連合国)が民主化とともに日本占領政策の中核として掲げたもので、要は「軍隊の解散による国家主権の剝奪」を意味するものと考えられます(日本国憲法第9条の議論の際にこれを忘れてはなりません)。

「非ナチス化」はポツダム宣言において明確化され、ドイツ・オーストリアの占領地域で実施された連合国によるナチズム排除のための一連の政策を指し、これによりナチス関係者の裁判と処罰が厳しく行われました。

今のウクライナとナチスを比較するとは、これまたずいぶんな無理筋ですが、ロシア側の心情として「第二次大戦(大祖国戦争)最大の犠牲者を出しながら独ソ戦を戦い抜き、これに勝利してヨーロッパをファシズムから開放したのはソ連(そして継承国のロシア)である」という強い自負を前面に出したものでしょう。

ウクライナと台湾の同時危機を論じる向きもありますし、その可能性は否定しませんが、だからこそ口先ばかり威勢のいいことを放言するのではなく、わが国として台湾有事の際の法的・運用的・装備的な検証を徹底的に行わねばなりません。正しく怖れ、正しく備えることだけが有事の回避に繋がるのであり、昨年6月に5年間延長された中露善隣友好条約と、その際に発表された共同声明が持つ意味は極めて大きいと思っています。これによってロシアと中国は準同盟国として関係を更に強化したと見るべきで、バランス・オブ・パワーを保つための更なる努力が我々にも求められています。

令和4年度予算案は史上二番目の速さで衆議院を通過し、参議院での審議が始まりました。

新しい資本主義、医療体制の抜本的改革、ウクライナ情勢など徹底的に深堀りして議論すべきテーマは衆議院においても多々あったはずなのですが、肩透かしにあったような気分です。

予算委員会で度々質疑に立ち、経済政策や外交政策で傾聴に値する論陣を張ったのは前原誠司元外相だったのですが、委員会採決の時は委員差し替えとなり、国民民主党として予算案に賛成するという、極めて理解しにくい展開となったことには強い違和感を覚えました。予算案に賛成してもらうこと自体は政府・与党として有り難いことではあるのですが、そうであるなら予算委員会での質疑は一体何だったのでしょうか。トリガー条項につき総理の約束が得られたから、との主張のようですが、どうにも不可思議な思いが残りました。

28日月曜日は「報道1930」(BS-TBS午後7時半~)に出演する予定です。

早いもので、この日が二月の最終日なのですね。まだまだ寒い日々が続きます。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。


編集部より:この記事は、衆議院議員の石破茂氏(鳥取1区、自由民主党)のオフィシャルブログ 2022年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は『石破茂オフィシャルブログ』をご覧ください。