北京五輪の聖火が消えるや否や、EU東部の火薬庫でロシアが唐突に始めたウクライナ侵略による戦火に国際社会は驚愕している。縦列で進むロシア軍戦車の前に立ち、阻止を試みる男の姿がニュースに流れ、見る者に天安門の「タンクマン」を思い出させた。
極東の火薬庫でも、これに倣って覇権主義共産国家による台湾侵攻がいよいよ現実のものとなるのではないか、との懸念が高まる。そんな中、台湾陸軍が台湾北部新竹で「M41A3」戦車の退役式を行ったと25日の「ラジオ・タイワン・インターナショナル(RTI)」が報じた。
米国が供与したこの「M41A3」戦車の愛称「ウォーカー・ブルドッグ」は、朝鮮戦争が始まって半年経った50年12月23日夜、自ら運転するジープでソウル近郊を視察中に交通事故死した第8軍指揮官ウォルトン・ウォーカー中将に因む。カジノで知られるソウルの「ウォーカー・ヒル」もそう。
記事には「過去64年間、台湾の最前線で活躍し、台湾の数々の軍事演習に参加した」とあるので就役は1957年だ。翌年4月27日、「毛沢東は『準備万全・金門解放』作戦計画を承認、人民解放軍は大陸島南部沿岸に兵力を集め、第二次台湾海峡危機の準備に入った」(五十嵐孝幸『大陸反攻と台湾』名古屋大学出版会)。
朝鮮戦争の勃発で台湾援助を再開し米国は、「共同安全保障法」に基づいて51年から65年までに約15億ドルの援助を供与、うち約8億ドルが軍事援助だった。国民党軍の装備と訓練の支援には、米国の軍事顧問と共に元日本軍人の富田直亮(中国名:白鴻亮)を長とする80余名の「白団(パイダン)」も加わった(伊藤潔『台湾』中公新書)。
「五十嵐本」に「M41」戦車の記述があるので、その部分を要約して引用する。
蒋介石は58年11月14日、再び大陸反攻計画を進める中、ドーン米国軍事援助顧問団長らに会い、米側から提案があった金門の火力増強と引き換えに、兵力削減に同意する旨を伝えた。防衛体制は、馬祖より緊迫度の高い金門の守りを先に固めたいと説明した。
火器は、受領済の240ミリ榴弾砲12門を金門に配備し、馬祖用に追加4門を要望した。打診された155ミリ加農砲の速やかな提供を求め、金門と馬祖に各12門を配備するとした。ドーンからは、馬祖に240ミリ榴弾砲4門以上と実用試験中のラクロス短距離戦術弾道ミサイルの供与が示唆された。
蒋は、新型の「M41」軽戦車を三個大隊分要求したが、一個大隊分しか認められなかった。ドーンは本島に配備中の「M24」を金門の老朽化した「M5」と入れ替え、「M24」が抜けた後に「M41」一個大隊の配備を提案、蒋が見返りに1万5千人以上の兵力を削減することで合意がなった。
要約の冒頭にある「再び大陸反攻計画を進める」とは、人民解放軍が毛による4月の作戦計画承認を受け8月23日に金門島砲撃を開始したことへの対応だ。つまり、この第二次までの「台湾海峡危機」の意味は、毛にとっては「台湾解放」であり、蒋にとっては「大陸反攻」だった。
第二次危機は、米国の台湾支援強化やフルシチョフの停戦勧告などを受けて、金門・馬祖解放の棚上げがむしろ「二つの中国」論を遠ざけると考えた毛が米国との交渉に動き、「世界上にはただ一つの中国しかなく、二つの中国はない」との「台湾同胞に告ぐ」を59年元日に出して、終息に向かう。(参考拙稿:「米台が合同軍事訓練か? 過去の危機からこの先の台湾海峡を考える」)
つまり、金門と馬祖だけを取ることは、台湾の大陸からの分離をむしろ際立たせる、と毛は考えたということ。この顰に倣えば、毛を信奉する習のこと、やるなら一気に台湾本島を奪いにかかるだろう。プーチンの侵略が、ドンバス「両国」にとどまらなかったのと同様に。
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さて、49年の国共内戦末期や53年の第一次台湾海峡危機では、「金門の老朽化したM5」、すなわち「金門島の熊」と称された「M5A1」軽戦車が、解放軍の上陸阻止に大いに活躍した。そして時が経ち、「M5」を後継した「M41」も22年2月を以って退役する。
目下のウクライナへの進軍振りを見るにつけ、第一次大戦中に英軍人が考案してから100年経っても戦車は陸上戦闘の主役のようだ。1916年に登場した現在の戦車の原型「ルノーFT」は重量7.4トン、時速8km、行動距離40km、それが今やその何れもが8~10倍以上にまで高性能化した。
「RTI」記事には「今後、アメリカから購入した「CM11」戦車車か「M60A3」戦車が、「M41A3」戦車に取って代わることになります」とある。「CM11」も「M60A3」も「M46」に始まる、いわゆる「パットン型戦車」で、前者は米軍でいう「M48H」、後者はパットン戦車の最終型だ。
そこで筆者は、トランプ政権が19年7月に総額22億ドル(約2400億円)で売却した武器の一部「M1A2Tエイブラムス」戦車108両の名前が出てこないのを訝る。「M1A2T」は、湾岸戦争やコソボ紛争、イラク戦争などで「最強」を証明した「M1」型シリーズ最新の「M1A2」の台湾向けだ。
米国の国内法「台湾関係法」に基づく台湾への武器売却は、台湾人が自国の備えを固める上でも最重要だ。この時「M1A2T」共に売却された携帯型地対空ミサイル「スティンガー」(259発)は、この27日にドイツ(500発)とオランダ(200発)からウクライナへの供与が発表された。
バイデン政権は2月7日に、台湾に向けたミサイル防衛システムの保守を含む1億ドル(約115億円)規模の軍事関連装置とサービスを売却する計画を承認したと報じられた。同政権は昨年8月にも自走砲40両など、総額7.5億ドル(約820億円)の武器を台湾に売却した。
ウクライナ国民には申し訳ないことだが、今回の安保理常任理事国による侵略によって、国連が何の役にも立たないことを国際社会は知った。極東の火薬庫の危機も別の常任理事国が企んでいるのを見れば、先ずは自国の防衛体制整備が第一で、それがあってこその軍事同盟であることも知れた。
折しも今日は75回目の「二・二八事件」記念日。蔡英文政権は、二度と同じ苦しみを国民に味合わせぬためにも、早く「M1A2Tエイブラムス」が「金門島の熊」や「美麗島の熊」の役割を担えるようにすべきだろう。