ブルガリアの著名な政治学者であり、ロシアのプーチン大統領をよく知っているイバン・クラステフ氏(Ivan Krastev)は28日、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、ロシア軍のウクライナ侵攻で3点、欧州に大きな変化をもたらしたと指摘、①加盟国間で対立があった欧州連合(EU)27カ国がロシア軍のウクライナ侵攻問題で結束した、②スウェーデンやフィンランドが中立主義を放棄した、③戦後から続いてきたドイツの平和主義(Pacifism)が終焉を遂げた、等を挙げた。以下、各点を少しまとめてみた。
ドイツの平和主義の終焉
「ウクライナ危機でドイツが目覚めた」(2022年3月1日参考)のコラムで、ドイツの戦後の安全・国防政策が根底からひっくり返ったことは報告したばかりだ。歴史の皮肉かもしれないが、保守派政党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が主導した16年間のメルケル政権では実現できなかった課題だ。ナチス・ドイツ政権下の戦争犯罪もあって、同国では戦後から軍事活動に対しては非常に慎重だった。その安全・国防問題が中道左派「社会民主党」(SPD)と環境保護政党で平和政党を自認してきた「緑の党」が参加したショルツ政権下で急転直下、転換したのだ。国防費をGDP比2%以上に引き上げることを決め、ウクライナへの武器供給問題でも1000個の対戦車兵器と500個の携行式地対空ミサイル「スティンガー」の供給を決定した。アンナレーナ・ベアボック外相(緑の党)は、「この紛争では誰も中立であることはできない」と警告している。
この決定は、予想されたことだがショルツ連立政権の参加するSPDと「緑の党」内で大きな波紋を呼んだ。特に、「緑の党」は環境保護、平和主義が党是の政党だけに、軍事費の大幅な引き上げ、紛争地への武器供給は党の政治信条を踏み潰すと受け取られても不思議ではないからだ。同党出身のヨシュカ・フィッシャー外相(当時)が1999年、コソボ紛争で北大西洋条約機構(NATO)軍の空爆を支持し、戦後初めて連邦軍を海外に派遣したことで大問題となったことがある。ハベック経済相(副首相兼任)やベアボック外相が党内の平和主義者を如何に説得するかが注目される。
スウェーデンの中立主義の放棄
クラステフ氏はスウェーデンを挙げ、欧州の中立主義の終わりを説明した。同国だけではなく、フィンランド、スイスの欧州の中立国もウクライナ危機で程度の差こそあれ、中立性を放棄し、ウクライナ支援を鮮明にしてきている。スウエーデンはウクライナに対戦車砲を、フィンランドはライフル銃などの武器供給を実施、ウクライナ支援を鮮明にし、両国内でNATO加盟を要望する声が高まってきた。
このコラム欄でも「フィンランドの『ウクライナ化』」(2022年2月17日参考)で報告した。フィンランドは冷戦時代から中立主義を堅持し、地理的に隣接している大国ロシアとは友好関係を維持してきたが、そのフィンランドでNATOへの加盟を模索する動きが出てきた。
フィンランド国営放送YLEの世論調査(ウクライナ侵攻開始直前の2月23日に開始)によると、同国で初めて国民の過半数(53%)がNATO加盟を支持、反対は28%だった。2年前の世論調査では加盟賛成は20%に過ぎなかった。
なお、同じ中立国スイスは2014年のロシアのクリミア併合を非難したが、対ロ制裁には加わらなかった。そのスイスは先月24日、ロシアのウクライナ侵攻を受け、EUによるロシア人の資産凍結に参加を決めている。
EU内の結束を強化
ウクライナ危機を契機に加盟国27カ国内で対立があって統合が難しかったEUに結束が生まれてきた。ロシアのウクライナ侵攻に直面し、ロシア制裁で一致する一方、ウクライナへの武器供給が広がっていった。ブリュッセルと言論の自由や司法問題で対立してきたポーランドは1日現在、35万人のウクライナ避難民を受け入れた(ポーランドには約400万人の欧州最大のウクライナ・コミュニティが存在する)。親ロシア派と受け取られてきたハンガリーのオルバン首相はプーチン大統領のウクライナ侵攻を批判している(武器の供給は拒否)。
EUだけではない。NATOでも対ロシア制裁で30の加盟国は一致。ロシアから地対空ミサイル「S400」を購入する一方、ウクライナには無人機を輸出してきたNATO加盟国トルコはここにきてロシア批判を高めている、といった具合だ。米のホワイトハウスでは、「プーチンこそNATO加盟国を結束させた最大の貢献者だ」という声が聞かれるという。
プーチン氏はウクライナに侵攻し、ゼレンスキー現政権を打倒し、親ロ派の傀儡政権を発足させる計画だったといわれるが、実際は、EU、NATOを結束させ、ロシアがソ連時代から政治的武器として利用してきた欧州の中立主義、平和主義を終焉させてしまった。「大誤算」だろう。
ウクライナ情勢がどのように転ぼうとも、ロシアを取り巻く情勢はウクライナ侵攻前と「その後」ではまったく異なってくることは間違いない。ひょっとしたら、ロシア内の民主化運動が勢いを取り戻してくるかもしれない。
最後に、ソーシャルメディアで人気を呼んでいるコメントを紹介する。「ウクライナ国民は(大統領選で)ピエロ(元コメディアンのゼレンスキー大統領)を選出し、彼は(真の)大統領となった。一方、ロシア人はプーチン氏を大統領としたが、彼は国際社会のピエロとなった」
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年3月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。