プーチンはツァーリ(皇帝)になる気か?

増田 悦佐

こんにちは。

昨日(3月4日)未明、とんでもないニュースが飛びこんできました。

ロシア軍がウクライナ、ザポリージャ州にあるヨーロッパ最大の原子力発電所に対する砲撃を開始したというのです。

Katarina_B/iStock

寝耳に水というのはまさにこのことかと驚くとともに、わずか1週間前に投稿した「今回のロシア軍によるウクライナ侵攻は大戦争にはならない」との主張を全面撤回せざるを得ないことになりました。

すでに現状で、この戦争は第二次世界大戦が終結した1945年以来の77年間でもっとも深刻な、大戦争に拡大する可能性の高い危機となってしまっています。

個人的に、プーチンをもう少し冷静に利害得失が計算できる現実主義的な政治家だと見こんでおりました。この点については、明らかに買いかぶりだったと認めざるを得ません

また、世論が圧倒的に一方に傾いたときには、常に少数派の眼で見ればどう見えるのかを伝えるのが自分の使命だという意識もあり、完全に事態を見誤っていたことをお詫びします

原発砲撃は理屈抜きの禁じ手

次にご覧に入れるのが今回砲撃を受けており、5日未明にはロシア軍の手に陥落したとの報道もあるザポリージャ原子力発電所をはじめとするウクライナの原発所在地と原子炉の基数を示した地図です。


1000メガワット時の原子炉6基で6000メガワット時という最大出力は、ヨーロッパでは最大、世界でも3番目に大きな原発となります。さまざまな軍事情報を総合すると、ロシア軍は砲撃の精度に非常な自信を持っていて、絶対に原子炉本体には当たらないように砲撃し、原発施設全体を制圧することができると確信していたようです。そして、米軍や、ましてはNATO軍の寄せ集め部隊では絶対にそこまで精度の高い砲撃はできないだろうから、長期戦に持ちこまれた場合にもいわば原発を人質に取ったかたちで優位を維持できるとの計算があったのでしょう。しかし、どんなに砲撃の精度に自信があろうと、ほんのちょっとでも照準が狂えば敵味方の兵士たちばかりか、民間非戦闘員に多大の犠牲が出る大惨事を招くような作戦行動は絶対に採用すべきではありません

南東部と北西部は水と油だった

ちょっと前回の投稿と重複するところもありますが、ここでなぜ私は当初ロシア軍によるウクライナ侵攻を好意的に見ていたのかをご説明させていただきます。

そもそもの発端は、第一次世界大戦末期にロシアでプロレタリア革命が成功してから、第二次世界大戦が終結するまでに形成されたウクライナという国の発祥があまりにも人工的だったことです。

旧ソビエト連邦内にあったウクライナ共和国は、東欧のポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアといった形式的には独立国とされている国々を外堀とすれば、ソ連の本体であるロシア共和国を守るための内堀として人工的に造られた国でした。

次の地図は、2010年に大接戦だった大統領選挙に親ロ派のヤヌコビッチが親欧米派のティモシェンコを破ったとき、両者の得票がいかにロシア語を母語とする有権者の比率と密接に関連しているかを示しています。

ヤヌコビッチが勝った地域はロシア語を母語とする人たちが優勢、ティモシェンコが勝った地域はウクライナ語を母語とする人たちが優勢とはっきり分かれていて、地理的にも南東はヤヌコビッチ派、北西はティモシェンコ派ときれいに2分することができます。

こういう分け方をすると、南東部はあまり働かなくても食っていけるけど一生懸命働いても大して報われない「社会主義」統制経済に郷愁を感じる人たちが多く、北西部は自由競争の市場経済に親近感を持っている人たちが多いのだろうと思われるかもしれません。

実際には、ウクライナの場合、工業も農業も観光業も南東部が強く、北西部にはあまりめぼしい産業がないのです。

それでいて、EUやNATOに加盟すればほとんど自動的に西欧的な生活水準に引っ張り上げてもらえるのではないかといった幻想を持っている人が多いのも北西部でした。

そのために、北西部を地盤とする親西欧派が政権を取るたびに、貿易などではいちばん密接な取引のあるロシアとの国交がぎくしゃくしても、強引にEUやNATOへの加盟を国策として推進してきたわけです。

しかし、経済発展では進んでいる南東部では、このままロシアと親しく付きあっていたほうが得だということで親ロ派を形成していたわけです。

面積ではかなり北西部のほうが広いですが、人口密度は豊かな南東部のほうが高く、人口比ではほぼ互角なのも悲劇の遠因となりました。

先ほどと同じ大統領選の得票率をもう少し細かく分類したのが、次の地図です。

これだけはっきりとロシア語を母語とする人たちの比率が高いほど親ロ的になり、低いほど親西欧的になるのなら、いっそのこと赤と青緑の境界線を国境として2つの国にわけてしまったほうが現在のような不幸な事態を招かずに済んだかもしれません。

ところが、親ロ派のヤヌコビッチ政権誕生に不満を抱いていたアメリカのオバマ政権は、2014年初頭にCIAの特殊工作員にネオナチまでふくむ親欧米派政権を樹立させるためのクーデターを起こさせたのです。

親欧米政権は自国民を正規軍によって弾圧した

ロシアのこのクーデターへの対応は、模範的とも言えるほど抑制されたものでした

クリミア半島のセバストポリ軍港はロシア海軍の2大拠点のひとつですから、これを西側に明け渡されては困るので軍事進駐し、事実上自国に併合しました。

クリミア州全体でロシア語を母語とする人口が7割以上、セバストポリ市にいたっては9割以上で圧倒的にロシアの保護下に入ることを望んでいましたから、この併合にはウクライナのクーデター政権も、欧米諸国も手出しはできませんでした。

しかし、ドンバス地方と呼ばれるドネツク州とルガンスク州のロシア語を母語とする住民のその後の生活は悲惨でした。

政府が正規軍と国防隊と呼ばれる準正規軍を両州のロシア語話者のとくに多い地域と比較的少ない地域のあいだに配属し、常時戦車、自走砲、迫撃砲で狙いを定めて、ちょっとでも反政府運動の気配があると、実際に兵器を使って鎮圧行動をおこなっていたのです。

この行為は、明らかに現ウクライナ政権が次のふたつのうちどちらかであることを示しています。

  1. 反政府行動をとる人間を平然と正規軍が鎮圧し、殺傷する強権政治をおこなっていること。
  2. 公式には独立を認めていませんが、ドネツク、ルガンスク両州はすでに独立していて、交戦権を持った国家になったと認めていること。

しかも、国防隊には1個大隊丸ごと、公然とナチスドイツ時代の白人優越思想を継承しているネオナチ集団が編入されていました


このアゾフ大隊は、「ウクライナ人こそ気高い純血白人集団だ。アジアの血が混じって汚れたロシア人は劣った人間集団だから、排斥し、迫害してもいい」と公言している連中です。当然のことながら、「正規軍」同様の軍事行動でロシア語を母語とする人たちを鎮圧するだけでなく、個人的なテロやレイプなどもする正真正銘のゴロツキも混じっています。

プーチンは軍事的勝利=外交的勝利のチャンスを逃した

私は、第二次世界大戦後大きく変わったことのひとつが、戦争の勝ち負けをどう評価するかだと思っています。

朝鮮戦争のころは判然としませんでしたが、東南アジアでベトナム戦争、ヨーロッパで北海のタラ漁をめぐるイギリス・アイスランド間のタラ戦争が戦われたころから、伝統的な価値観とは正反対の評価が確立されました。

それは軍事力が強いほど外交的には不利で、軍事力が弱いほど外交的には有利だというものです。そして、戦争全体の帰趨も、結局は外交的に優位を占めた軍事力の弱いほうに有利に決着します。

この外交戦が決め手となる勝敗判定は、軍事的に強いほうが実戦では圧勝したタラ戦争のイギリスにも、軍事的には強いはずなのにボロ負けして逃げ帰ったアメリカにも、等しく適用されました。

だから、第二次世界大戦が終わって70年以上経った現代において、軍備を増強して戦争に勝とうとするのは時代錯誤もはなはだしい、と私は確信していました。

ですが、今回のロシア軍によるウクライナ侵攻は、そこにいたるまでのウクライナ政府のやり口があまりにもひどかったので、第二次世界大戦後の戦争としては希有な軍事・外交両面にわたる勝利につながるのではないかと思っていました。

親ロシア勢力が、クリミア・ドネツク・ルガンスクの3州を軸に周辺6州をも糾合して、ノヴォロシア(新ロシア)人民共和国連合を形成し、ウクライナは国土の約4割と経済力の大半を失って、さらに貧しい国になると思っていたのです。


モルドバ共和国の領土までかすめ取るのはちょっと無理でしょうが、それ以外ではこの目論見図どおりにことが運ぶのではないかという気がしていました。しかし、それも首都キエフに包囲陣を敷いたり、ましてや原発に砲撃を仕掛けるといった無茶をする前の話です。これでもう、ロシアの味方をするのは、とにかくロシアに付いていく以外に生きる道のないベラルーシのような国か、このさいロシアに恩を売っておけば、中国=ロシア枢軸の形成によって、アメリカに対抗できるかもしれないとの幻想を抱く中国だけになったでしょう。それにしても不思議なのは、なぜプーチンが当初あれだけ有利に展開していた電撃戦の攻撃目標を収拾のつかないほどの規模に拡大してしまったのかです。

プーチンよ、ロシア皇帝になりたいのか?

そこで、最後の地図をご覧ください。


中世末期、1654年のウクライナは古都キエフを失い、現在のキロヴォフラード、ドニペロペトロウシクの2州だけで命脈をつなぐ弱小国に落ちぶれていました。9~11世紀にスラブ系諸民族の中で最初にしっかりした中世国家を築いたルーシ大公国とは、様変わりの落魄ぶりです。その後、北西方向には領土を拡大したのですが、すでにご紹介したとおり、あまり魅力的な産物も農工業の基盤もないところばかりでした。ウクライナがルーシ大公国時代以来の大拡大を遂げたのは、皮肉にもロシアで起きたプロレタリア大革命に巻きこまれてからのことでした。プーチンとしては、「ソ連時代にロシアが獲得してやった領土が現代ウクライナの経済力の大半を占めているのだから、今取り返してやって何が悪い」ということなのかもしれません。それとも、ロシア帝国時代の大ロシア主義復活を夢見ていて、その夢の実現のためには習近平が永世国家主席になったように、自分も終身大統領(=皇帝)に即位するための手土産をつくるつもりなのでしょうか?それくらい理由のわからない戦線拡大です。

なお最後の地図を引用させていただいた『Quora』というサイトにときどき投稿していらっしゃるイギリス在住のYouji Hajimeさんとおっしゃる方の次の記事は、ぜひご一読をお勧めします

ロシアがウクライナ国境付近に軍を集結させていて、2022年早々にも侵攻か?との事ですが、プーチンは本気でしょうか?侵攻はあると思いますか?

私が渉猟したかぎりでは(といっても英語と日本語の文献だけですから、狭いサンプル集団ですが)、ウクライナ情勢の緊迫度をしっかり把握していたのは、Youji HajimeさんArmstrong Economicsの主宰者、Martin Armstrongのおふたりだけです。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年3月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。