プーチンは禁断の化学兵器に手を出すのか

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ワシントンの友人間では、ほぼ毎日プーチンによる「戦術核」使用可能性の話が出ている。平和ニッポンで核というと「悲惨」「絶対悪」「廃絶」だけで思考停止になり、それ以上のことや関連したことなど考えないだろう。

以前から少し話には出ていたが、ここ数日特に議論になっているのが、ロシア軍による化学・生物兵器使用可能性だ。よくABCという。大量殺りく兵器としては核(A)、生物(B)、化学(C)の3つがある。

現時点でもいつ実際に起きても全く驚かないが、ロシア軍がBとC、特にCの化学兵器を使う可能性が高まっている。開戦の正当化に使うといわれた「偽旗作戦」。ウクライナ軍が非人道的な攻撃を仕掛けたというウソをつき、それに対応するためロシア軍がやむを得ずにCを使ったという背筋が寒くなる展開だ。

米国はABC兵器の3つ全て持っていた。開発、研究、いつでも使える体制を整えていた。ところがBとCがあまりにも(核もそうだが)残酷であるというだけでなく、被害が野放し、かつ管理できないので兵器向きではなかった為、米国はA、つまり核だけ残してBとCは放棄した。結局抑止力として頼れるのは核だけになっている。

米国の核の傘に守られていながら日本では考えようともされていないが、現在、核だけが抑止力になる「頼れる」大型兵器なのだ。最大の非核通常兵器としてモアブ(大規模爆風爆弾兵器、GBU-43/B)が一応あるが、やはり足りない。殺傷力だけでなく、相手に与える恐怖心が少ないのだ。

筆者提供

筆者はかなり前に、先の戦争中、日本の石井731細菌部隊のBC兵器について取材をした。石井中将は中国人捕虜を実験台にして、生身の人間に炭そ菌やチフス菌などを注射、5時間、10時間、30時間後に、体内にどのような変化が起きているかを調べるために「生体解剖」をした。

そのカラー説明図を筆者はユタ州米軍基地に1人で潜入して情報公開法で入手、世界で初めて公開した。それまで石井部隊の蛮行の噂や小説はあったが世界初の確証だった。取材結果はロイターで世界に流れ、衝撃を与えた。

米軍は自国では生体解剖などできないので、本来、戦犯で裁かれる石井に免責を与えて詳細データ・情報を得て、自国の開発に役立て、世界のトップクラスの技術を持つに至った。

同時に同じくらい研究開発に力を入れたのがソ連。核と同じように、BCでも気が遠くなるくらいの時間とお金を注ぎ込んだ。

筆者はカザフスタンにあったソ連の世界最大の炭そ菌製造施設や、ウズベキスタンのBC兵器実験場も直接取材した。施設責任者のソ連軍人と一緒にウオッカを1本以上空けて仲良くなり、深い取材をした。それは信じられない悪魔の研究だった。

だが米国はBCはあまりにも危険で被害拡散が防げないことで、兵器としては使えないという結論を出し、お互いにBCだけは放棄しようとソ連に呼びかけて、両国は一応合意に達して開発・研究を止めた(はず)。

しかし、筆者が直接長時間インタビューしたソ連側B兵器開発責任者のアリべク博士の話は、衝撃だった。博士は筆者知人CIAの手引きで米国に亡命した。なぜか?

米ソはBC兵器放棄のため、お互いに国内の研究施設を訪問、本気で研究開発を止めることを確認し合った。同博士は米国の研究所を見て、正直に米国が止めたことを自ら確認し驚いた。なぜなら、自分の祖国ソ連は、止めたフリをしつつ、米国と国際社会にウソをついて研究を継続していたのだ。祖国に愛想をつかした博士は、米国への亡命を決意した。いまは大丈夫だが、取材当時は亡命からあまり時間が経過していなく、ロシア得意の”暗殺”を恐れて、アリベク博士は行動に非常に慎重だった。

また、筆者は日本が直接関係するソ連諜報員のラストボロフを世界で最初で最後のインタビューをして、私的に20数年お付き合いしたが、彼など直接取材したKGB諜報員全員が当然のように言った。亡命は「祖国への裏切り」を意味して、暗殺されることにつながる。

新型コロナ惨禍についても、筆者は3年くらい前の発生直後から友人のCIA元工作員から話を聞いて、取材を始めた。そこで浮上したことは、中国もかなり高いレベルでB兵器につながる研究をしていたということだ。雲南省、山西省辺りのコウモリが抱えるウイルスを武漢研究所などで兵器化かそれに近いことをする。一応、止めているはずの米国も興味を持っており、感染症拡大防止の名の元に、予算まで出して、米中共同研究もやった。

例えば日本では軍用と民生技術が分けられると思っている。現実は一線など引けない。ウイルス研究も感染防止と兵器化の違いは紙一重。表裏一体。諸刃の剣なのだ。「機能獲得」研究がその証明の1つだ。

一部には中国だけでなく、ウクライナにも米国が関係したB兵器研究の証拠があるという噂が流れた。ウクライナによる核、汚れた放射能爆弾開発と同じ、ロシア側の情報操作と言える。

これに関しては別の機会に委ねるが、今回の米・露・中のコロナ・ワクチン開発にも、これまでの実験データや知見が役立っているのは間違いない。

アメリカ陸軍伝染病医学研究所USAMRIIDのレベル4

筆者は、CDCやアメリカ陸軍伝染病医学研究所USAMRIIDのレベル4も直接取材したことがある。地球上から無くなったはずの「天然痘ウイルス」もまず間違いなく、研究のために保存している。人類史上最強のB兵器は、エボラと天然痘合わせたものという話もあった。

米国が秘密裡にやれば、内部告発者を守る法律もあるので必ず洩れる。だが秘密保持が楽な露・中は、既に持っているかも知れない。米国と違って、なにも公開しない露・中。

第二次大戦では、英国などほぼ野放しだったが、ここ80年くらいはあまり聞かない。しかしイラクのサダム・フセインや、シリアのアサドがC化学兵器を使った事実がある。

シリアはロシアとの関係が深く、C兵器の情報交換がある。もしかすると共有しているかもしれない。

既にロシア軍は、ほぼ間違いなくクラスター爆弾、気化爆弾を今回ウクライナで使ったと思われる。友人の専門家によると、これまで個人の裏切り者を殺すだけで、戦場など広い範囲で使われたことはないが、サリンより猛毒の神経剤ノビチョクやVXの使用可能性が今回はあり得るという。

ウクライナで、ロシア軍がAの核だけでなく、BC特に、Cの化学兵器を使ったというニュースだけは、絶対に聞きたくない。