公務員に殺害される無数のジャーナリストたち

メキシコで1992年から殺害されたジャーナリストは少なくとも138人は確認されている。

今月13日、ウクライナ紛争で米国のジャーナリストが銃撃を受けて死亡したことが明らかとなって世界の主要メディアがそれを報じた。世界の危険地域に赴いて情報集めをするのがジャーナリストの仕事のひとつだ。ところが、メキシコでは国全体でジャーナリストの仕事をすることは命懸けでやらねばならないということは日本などでは殆ど知られていない。

 メキシコではジャーナリストはいつ殺害されても不思議ではない

ジャーナリストにとって最も危険な国の一つがメキシコだ。今年2月10日に6人目のジャーナリストが殺害された。

不正や汚職を暴くというジャーナリストの本来の使命を果たすのに命懸けでやらねばならないのが現在のメキシコだ。特にそれが政治家、軍人、警察らの不正と麻薬組織との癒着、麻薬組織同士の戦いなどといったことを調査解明する役目を担うことになると殺害されるのを覚悟して報道の任に当たらねばならないことになる。

また殺害されても犯人を捜し出して法廷にかけるということがメキシコでは90%の確率でできない。法廷で裁くための証拠が揃わないという問題を抱えているからだ。また仮に公判となっても容疑者が有罪になる確率は僅か5%で、殆ど証拠不十分ということで無罪になるのが常なることだ。不処罰の確率が非常に高いということで尚更殺害が容易に行われる傾向にある。

メキシコでは150以上の麻薬組織やその下請け的な犯罪グループが存在している。彼らを雇って対象となっている人物を殺害するのは容易だ。

昨年は7人のジャーナリストが殺害されたが、今年に入って既に6人のジャーナリストが殺害されている。特に、人口190万人の米国と国境を接するティフアナ市はメキシコで最も殺害率の高い都市のひとつだ。

ジャーナリストを守る組織は十分に機能していない

参考までに挙げると、ジャーナリスト保護委員会(CPJ)は1992年から昨年末までに138人のジャーナリストが殺害されていると指摘し、表現の自由を守る会(Artículo19)によると2000年から現在まで145人のジャーナリストが殺害されているとしている。(1月26日付「エル・パイス」から引用)。

メキシコでは検察と人権尊重委員会などで構成されたジャーナリストや人権保護活動家を守る公的組織が2012年から誕生している。そこでは1300人余りが保護を受けているという。同様に組織犯罪による被害者を支援する委員会(CEAV)も誕生している。ところがこの対象になる被害者はジャーナリストだけではなく、麻薬組織などによる被害者を対象にしている為に保護すべき人の数が多く、結局資金難に陥って殺害されたジャーナリストの家族への資金的な支援も出来なくなっている。だから、家族は埋葬する費用も募金を募らねばならないというのが現状だ。

このような事情から、これら保護組織に支給されている予算ではジャーナリストや人権活動家を十分に保護できないのが現状だ。だから、加盟者であるジャーナリストや人権活動家が自ら注意して生活する以外にないということになる。

だから脅迫されたジャーナリストの心理を表明している例としてジャーナリストのひとりペドロ・カンチェ氏が次のように語っている。「我々を絶滅させようとしている。ジャーナリストになるということは歩く死人になることだ。我々は死の宣告を受けている。しかし、犯罪によって死ぬのではない。我々の務めである仕事をしたことによって死ぬのだ」と語っていたことが2017年5月付の「シネンバルゴ」で掲載されている。

同様に麻薬について権威的な存在だったジャーナリストのハビエル・バルデス氏は彼の同僚だったミロスラバ・ブリーチが殺害された時に、その翌日ツイッターで、「ミロスラバは詳しく報道するので暗殺された。地獄のことを報道するというのが罪で死の判決が下されるのであれば、我々全員を殺害したらどうだ。沈黙することなど御免だ」と綴ったのが同じく同電子紙の2017年5月16日付で掲載された。その彼もその後殺害された。

ジャーナリストは大統領にも保護を要請

ジャーナリストのひとりヌールデス・マルドナド氏は3年前にアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領の早朝の記者会見に出席して身の安全に危険性を感じているとして大統領に保護を要請した。彼女は以前勤務していた地方の放送局で不当に解雇されたことを法的に訴えていた。そのオーナーが上院議員になっており、彼女の身の安全を疑うほどに彼から脅迫を受けているということ。しかも、公判は6年続き一度は連邦裁で彼女に有利な判決が下った。ところが、それから3週間後にそれが覆されて彼女に不利な審判が下されたということ。そこで彼女は大統領に正当な公判を懇願し、彼女の身柄の保護も要請したというわけである。

今年1月20日、連邦法廷は問題の放送局の資材の差し押さえを命じた。彼女への賠償金の支払いを保障させるためであった。しかし、その2日後に彼女の遺体が車の中で発見された。彼女が勝訴したことへの報復措置であったのだ。

加害者の多くが公務員だ

問題は加害者の半数以上が公務員であるという皮肉な事実だ。2020年のデータによると、692人の身元が確認されている加害者の中で343人が公務員だという。その内の188人が地方の首長や議員、144人が警察官、11人が軍人ということが明らかにされている。即ち、本来は市民の権利を守るべき政治家、警察、軍人が犯罪組織と癒着してジャーナリストに危害を加えているということなのである。

だから、多くのジャーナリストは公的に告発をしようとしないのである。それをすれば逆に彼らから報復される可能性が高いからである。筆者の娘がメキシコに在住していた時も隣人の女性が一人失踪した。最初に関係者がやったことは彼らの出来る手段を使って捜査したそうだ。それでも解決しないので警察に捜査願いを出したということ。市民がなぜすぐに警察にコンタクトしないのかという理由は、警察もこの失踪事件に絡んでいるのではないかという疑いからであるという。メキシコでは警察は市民から信頼されていないということだ。