石川県知事選結果の考察:各候補者のSNS発信から紐解く --- 中村 佳美

一般投稿

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選挙の概要

28年ぶりに新しい知事が誕生する石川県知事選挙は3月13日に投開票が行われました。

知事選には届け出順にいずれも無所属で、女性団体県会長の飯森博子氏(62)(共産推薦)、前金沢市長の山野之義氏(59)、前参院議員の山田修路氏(67)、元文部科学相の馳浩氏(60)(維新推薦)、元計測機器会社従業員の岡野晴夫氏(71)の5人が立候補しました。

出典:北國新聞より

今回は、保守王国・石川県での「保守系の三つどもえ」という異例の構図となり、2人の前自民党国会議員と元自民党市議の前金沢市長による激しい戦いが繰り広げられました。そして、馳氏が19万6432票を獲得し当選しました。馳氏は、6年間の国会議員経験や国とのパイプの太さをアピール。自民党安倍派の全面支援を受け、安倍元首相や多くの国会議員が応援に駆けつけました。

そして、二番手である山野氏は、18万8450票。馳氏との票差は、7982票でした。前参院議員の山田修路氏(67)は、17万2381票を獲得。山野氏は、金沢市を中心に支持を固めましたが、それ以外の地域では支持を固めきれず、反自民から支持を集めた山田候補とも票を食い合う結果になったとの考えもあります。また、今回の石川県知事選は、他県と比較すると大きな重要争点がなかったこともあり、候補者の違いが分かりずらいとの声もありました。結果、全県から幅広く支持を受けた馳氏が当選しました。

全体の投票率は61.82%で前回の39.07%を大幅に上回り、投票率が50%を超えるのは、前知事である谷本氏が初当選した1994(平成6)年以来となります。また今回は、保守3分裂の激戦に加え、金沢市では市長選、市議補選を含めたトリプル選であり、輪島市では市長選とのダブル選となったことでも有権者の関心も高まりました。

こうした全国的に注目を集めた選挙戦の中で、筆者が注目したのは、馳氏と7982票の差まで縮めた元金沢市長・山野氏です。

馳氏の当選に、ネット上では、”あれだけ多くの支援を受けた馳氏は、当選しない方がおかしい”との声が多くあります。一方で、山野氏は、候補者の中で最も出馬表明が遅く、特定の政党支持もありませんでした。 “最も人口の多い金沢市の市長だから”という要因ももちろん考えられますが、今回は保守地盤での異例の分裂選挙であり、中には「馳氏VS山田氏」の戦いになると当初伝えている報道もありました。ですが、実際に箱を開けてみると山野氏は多くの無党派層の支持を固め、山田氏を押さえて馳氏に7982票まで追い上げる結果です。

一体、どのような選挙戦を展開したのでしょうか。今回は、各陣営のネット利用から各陣営のスタイルを紐解き、政党支持を持たない山野氏が馳氏に7982票まで縮めた要因を考察していきます。

※保守系3名の候補者を軸に記しています。
※選挙の結果には様々な要因があり、あくまで一つの可能性としてご拝読いただければと存じます。前提として、今回は相関分析をしていないため、ネットが票に繋がった要因を書いた記事ではありません。投票日時点でのデータ取得・対象は選挙期間内です。本記事は、各陣営を批判するものではありません。

中央のパイプ・自民党色を全面に打ち出した馳氏

選挙期間中の馳氏は、約27年間の国会議員経験や国とのパイプの太さをアピールし、自民党安倍派の全面支援を受け、安倍元首相や多くの国会議員が応援に駆けつけました。同派元会長の森喜朗・元首相も、出身の加賀地域を中心に票集めを支えています。今回馳氏は、知事選出馬と同時にTwitter等のアカウントを開設し、ネットの発信においても多くの注目を集めました。

「動かそう。石川新時代」をキャッチコピーに、SNSの全プラットフォーム(Twitter、Facebook、Instagram、TikTok、YouTube)を手広く発信。自身を漫画にした「マンガで読む!少年はせ浩物語」を作成し、馳氏の信念をアピール。

また、「県民声プロジェクト」と称して、ユーザーから寄せられた質問にYouTubeの生配信を通じて答えていく企画を期間前に実施。アーカイブにも記録されており、後からでもユーザーが閲覧することも可能です。昨年の総裁選2021の岸田BOXと同じ手法で、質問に答える姿を通じて、本人の普段の人柄を伝えることができるメリットがあります。

馳氏の特徴としては、中央とのパイプを生かして、国会議員・有名プロレスラー・著名人などから寄せられた応援メッセージ・全文を数多く投稿しています。その数なんと、42本。多くの応援動画を投稿し、メッセージを送った応援相手にもネット上で応援を呼びかけています。Facebookでは、応援メッセージの全文まで書き記していました。また、選挙前には、Facebook広告も展開して、多くのリーチを図り、インプレッションを徐々に伸ばしていきました。

馳氏の期間中のTwitter投稿の中で最もインプレッションが多かった投稿は、吉村知事の応援メッセージ動画投稿であり、YouTube、Facebook、Instagramの投稿においては、小泉進次郎氏・棚橋弘至氏が応援に入られた際の投稿が最も注目を集めました。

今回馳候補陣営の仕掛け人である選挙プランナー松田馨氏は、北國新聞の記事の中で、「有名人、大物国会議員を呼ぶと、口コミで話題が広がり、候補に投票してもらいやすい環境ができる、棚橋選手については「プロレス界随一の人気者。石川入りはSNSで大反響を呼んだ」と述べています。

得票数との相関は計れないものの、有名人や国会議員が応援に入ることによって、ネットでも一定の話題となり反響に繋がったことがわかります。

また、期間中のTwitter投稿においては、馳陣営だけが唯一Twitter WEBアプリのみで投稿を行なっていました。あくまで憶測ですが、PCのみからの投稿を行なっている場合、遠隔で専任のスタッフが代理での投稿している可能性が高いことが見えてきます。このように馳陣営は、選挙現場のプロと共にしっかりと練られていた戦略プランを展開し、県全体に支持を拡大していきました。

図:主要3候補の各SNSのインプレッション数(3/13 20:00時点)

反自民層の受け皿になった山田氏

選挙期間中の山田氏は、能登や加賀、若手の自民県議らに加え、立憲民主県連、連合石川の推薦、社民県連合の支援を得て、国家公務員時代に培った行政手腕をアピールしていました。

山田氏のネット投稿においては、Twitter、Facebook、Instagram、YouTubeを中心に発信しています。投稿内容は、選挙期間中のスケジュールの告知手段、街頭活動の報告、候補者本人の石川県知事にかける短編動画を中心に投稿されていました。PV動画の中には、美しい石川の地域・風景を写した場面も数多くあり、候補者自身の石川県を心から思う気持ちが伝わってきます。

山田陣営での応援動画の投稿は、SNSでは最小限にとどめ、地元の県議を中心に公式ウェブサイトに掲載する形をとっていました。

特徴的だった点としては、候補者の奥様・玲子さんの呟きです。奥様・玲子さん用のアカウントを開設し、毎日リズム感の良い言葉を通じて、隣で選挙を戦う山田氏の人となりやご家庭での温かさが伝えられています。全体のインプレッションは高くなくても、Twitter上では玲子さんの文才に魅了されるユーザーの声が多く届いていました。

山田氏は最後の演説動画の中では、「“東京では石川県知事は決まっている“それを石川県に押しつけている状況なんです。東京が決めた候補を選ぶなんて、わたしは絶対にあってはならないと思います」と、語っています。大物弁士を呼ぶ馳候補の陣営に対して、山田氏は「中央VS石川」の構図を描いて、県民の支持を得ることで、反自民党の支持者の受け皿になったと考えられます。

最も多くの無党派層から支持を得た山野氏

続いて、今回馳氏と約8000票の差まで縮めた元金沢市長・山野氏です。

山野氏のネット発信は、Twitter、Facebook、Instagram、YouTubeを中心に展開しています。山野氏は政党や政治団体の支援を受けず、家族やボランティアを中心に選挙戦を進め、金沢市長を11年務めた実績を訴えました。キャッチコピーは、「未来への約束。これからも現場に一番近く」。

馳氏と比較しても山野氏は、政治色を最後まで出さずに「大きな組織VS個人の戦い」を打ち出す戦い方を行いました。ネットの発信においても、山野さんの息子さんを筆頭にして、若いスタッフで構成された「手作り選挙戦」を展開。若い方々が発信を手がけている様子が垣間見える投稿が多くありました。YouTubeの多くの動画にも、地元大学生が密着取材し、撮影から編集を行なった動画が多く上げられています。

朝の挨拶では、妻も息子も娘も手振りを行い、山野氏の愛犬にも、本人の次男坊というタスキをつけて、一緒に活動する場面も。事務所の裏側シリーズとして山野氏の娘が街宣車に乗り、初めてマイクデビューしましたという投稿や、「父を知事に」というフレーズを用いて、家族の絆をアピールしました。

他にも、候補者自身が「ひたすら支援者のもとへ走る。動きが素早くて写真がブレました」という投稿がInstagramにアップされているなど、候補者の一生懸命さや誠実さが伝わる切り口の投稿が数多く見られます。

また、選挙最終日には、期間中最後の生の声を県民に聞いてもらおうと専用の特設サイトを作成し、多くの参加を呼びかけ、オンラインでの会場とリアルでの会場を融合させた選挙戦を展開しました。

政治家としての山野氏以上に、父=一人の県民としての山野氏を若者目線で伝える陣営のこうした発信は、候補者への一人の人間としての人柄や親しみやすさ、そして、プロっぽさを感じさせない手作り感ならではの距離の近さは、同じ家族を持つ県民目線を感じさせ、無党派層への関心を引き上げるきっかけにもなります。

実際の今回の出口調査において無党派層の投票先は、山野氏が最も多くなる結果になっていました。

出典:中日新聞より

これは、後半戦に入って山野氏が金沢市でさらにリードをした理由にも、一部繋がるかもしれませんが、前半戦に政党色を全面に打ち出した馳氏の戦いは、政党から支持を受けなかった山野氏の戦い方を際立たせることとなり、後半戦以降、多くの無党派層の心を掴む結果になったのではないでしょうか。

今回、石川県では28年ぶりの知事選であり浮動票が多くなる中で、どう無党派層の心を掴むのかはとても重要な戦略です。その点においては、山野陣営のネット発信は息子さんを中心に、若いスタッフで構成された「手作り選挙戦」を展開し、大物国会議員が続々と応援に駆けつけた馳氏相手にしても約8000票差まで縮める善戦に繋がったと考えられます。

また、各陣営のTwitterフォロワーの内訳を調査すると、馳氏、山田氏は主に石川県以外の全国からのフォロワーが過半数である一方で、山野氏は、金沢市長時代からのアカウントを引き継いでいることもありフォロワー層も石川県民が多く占めています。実際のところ各候補者の投稿を最もシェアしているユーザートップ10の調査を行った際、馳氏の投稿を主にRTしているのは自民党国会議員の割合が高く、山野氏の投稿をシェアしているユーザーは石川県民ユーザーが多く占めていました。

※3月14日時点の調査

今回の石川県知事選挙は、28年ぶりの知事選挙であり、全国的にも注目を浴びる選挙でした。全体の投票率は61.82%(前回よりも39.07%アップ)をみると知事選への県民の関心は高かったように感じられますが、ネット上においては大きなうねりになるような盛り上がりには欠けていたように感じられます。

国会議員を20年以上歴任しプロレスラーとして知名度がある馳氏、同じく山田氏でも、フォロワーの数は約2000で止まる結果でした。北國新聞でも、各陣営のネット選挙やSNS活用での閲覧数にとどまるという様子が伝えられています。これは候補者への関心以上に、地方においての政治家のSNS発信やネット選挙に対する興味関心や浸透の低さも考えられるでしょう。

「ネットでは盛り上がらなかったものの、箱を開けてみると思う以上に票が入っていた。」まさしくネットとリアルの乖離かもしれません。

山野氏が約8000票差まで縮めた一つの要因

ここまで各陣営の空中戦から、陣営の選挙スタイルを紐解いてきました。さて、政党支持を持たない山野陣営が、大物国会議員が続々と応援に駆けつけた馳氏を相手にして、約8000票差まで縮めた要因についてです。

筆者の考えとしては、山野陣営が行った選挙戦の中で、「大きな組織 vs. 個人の戦い」=「中央 vs. 石川」という争点を作り、政治家としての山野氏よりも、一人の父(人間)としての山野氏を全面に打ち出し戦ったことです。これは、ネットでの発信が得票数につながったという意味合いではなく、地上戦含む陣営全体の選挙スタイルと候補者のイメージの見せ方、打ち出し方が無党派層に響いた可能性が高いということです。

今回の山野氏陣営のSNSからも解るように、山野さんの息子さんを筆頭にして、若いスタッフで構成された「手作り選挙戦」を展開。その中でも、政治家としての山野氏よりも、普段の父(一人の県民)としての山野氏の人柄を訴えようとしています。こうした陣営全体の魅せ方は政治色を抑え、真に県民目線に近い候補者のイメージを与えるものでした。あくまで一つの見方ですが、「未来への約束。これからも現場に一番近く」のキャッチコピーに添った選挙スタイルと、多くの無党派層の支持を掴んだことによって、約8000票差まで縮めることができたのではないか考えます。

北國新聞社が県民に対して行った調査の中にもあるように、投票先で最も重視する点は、「人柄」28%でした。29年間務めた谷本前知事のように、安定した長期県政の舵取りを任せるためには、政策だけではなく、人柄重視という多くの県民の期待がそこにはあったのではないでしょうか。

今回、石川県では28年ぶりの知事選であり浮動票が多くなる中で、いかに無党派層の心を掴むのかはとても重要な戦略でした。県知事選挙は、国政選挙よりも県民に距離が近い選挙であり、無所属候補として戦うことからも、地上戦や空中戦においても、県民目線でコンテンツを用意することが大事です。

しかし、政治での現場が長ければ長いほど、この視点は見失いやすく、ズレやすくなります。時に、政治色(身内間、内輪感)を全面に打ち出すと、票を減らしてしまうケースもあります。こうした県民のための選挙であるということを作りあげていくためには、県民目線が必要であり、関心層への心を掴むためには、無関心層の目線が陣営には必要です。

また、目をひくような真新しいクリエイティブや発想も、今まで以上に取り入れる必要があります。コロナ禍での選挙戦が進み、選挙のあり方はどんどん変わっていくことでしょう。多くの知事選を控えた今年、選挙手法は新たな転換期にきているのかもしれません。

最後に

今回は、各陣営ネット活用に視点をあて、山野氏善戦の要因を考察してきました。

SNSは、他のメディアとは違い、双方向コミュニケーションを可能にする良さがあります。候補者のアカウントにおいても、一方通行の発信や、候補者以外の情報の拡散ではなく、SNSの各プラットフォームの機能と良さを理解した上で、目的に沿って使いこなすことが、本当の意味で「SNSを活用する」つながってくるのだと考えます。

そして、ネット以上に勝るものは、候補者本人と陣営から感じさせる熱量、本人の「言葉」です。先の長崎県知事選挙でもあったように、新人でありながら、現職を破ることができたのは、陣営全体で「負ける要素」を一つ一つ潰し、本人の心からの「熱量」を浸透させることに成功したからでしょう。SNSでも、本人の言葉がベースにコンテンツが作られていくため、候補者本人の言葉のスキルは非常に重要です。最終的には、候補者から感じるその熱量こそが、周囲を巻き込み、次第に大きなうねりを生み出していくことに繋がるのです。どれだけ選挙技術の進歩が成したとしても大切な本質は、変わらないものかもしれません。

今年は、すぐ直前に多くの県知事選挙が控えています。今回のような保守分裂選挙が続いていくのでしょうか。引き続き調査していきます。

中村 佳美
SNSアナリスト・クリエイティブディレクター。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。専門は、政治のSNS活用・ネットメディア戦略。大学卒業後、フリーアナウンサーや国会議員秘書としての活動をきっかけに政治に興味を持つ。大学院での学位取得後、パブリック(政治・選挙)現場のSNS活用支援、研究調査を進める「ネットコミュニケーション研究所 」を設立。主要論文「なぜ政治家はSNSを使わざるを得ないのか—SNS活用動機の分析—(2020)」