国連総会緊急特別会合は今月2日、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議を賛成多数で採択した。賛成は141カ国、反対は紛争当事国ロシアを含め5カ国、棄権は中国やインドを含め35カ国だった。
なぜ、今更、国連総会のロシア決議案の投票結果を書くかというと、プーチン大統領のロシアを常に支援してきたバルカンの盟主セルビアが賛成票を投じていたことを思い出したからだ。セルビアは歴史的に親ロシアであり、ロシアと同じスラブ系だ。ロシア正教会とセルビア正教会は緊密な関係を有している。そのセルビアがロシア非難決議案に賛成したのだ。中国は国際社会の批判を避けるために棄権に回っている。セルビアにも棄権する道があったが、賛成票を投じた。
そこで、「セルビアはなぜロシア決議案に賛成票を投じたか」を考えた。プーチン大統領とセルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領は親密な関係だ。ロシアからは経済的、軍事的支援の他、天然ガスや原油の供給を受けている。セルビアから離脱したコソボ自治州に対してロシアは国家承認を拒否し、セルビアを支援してきた経緯がある。
そのセルビアが国連総会でロシア決議案に賛成したとすれば、①国連総会(193カ国)の決議案は法的拘束力がないので、賛成してもロシアは気分を害さないという読み、②セルビアは2014年から欧州連合(EU)の加盟交渉中だ。EUは米国と共にロシア軍のウクライナ侵攻に対し厳しい制裁を実施している。ロシア決議案に反対したり、棄権すればブリュッセルの気分を害することは間違いない、③セルビアでは4月3日、前倒しの大統領選挙、議会選挙、地方選挙が実施される。親ロシア派の有権者を怒らせるのは不味いが、ロシア軍のウクライナ侵攻を支持すれば、国際社会からバッシングを受け、セルビアのイメージが悪化する、などの理由が考えられる。
ヴチッチ大統領には2通りの選択肢がある。プーチン氏とこれまで通りに友好関係を維持するか、EU加盟を優先し、プーチン氏とは距離を置くかだ。ただ、プーチン氏は、ウクライナに侵攻し、ウクライナの民間人を無差別殺害させ、バイデン米大統領から「戦争犯罪人」と呼ばれ出している。ヴチッチ氏が今後、モスクワからブリュッセルにギア・チェンジする可能性は排除できない。セルビアにとって、EUは最大の貿易相手だ。
同時に、欧州諸国からは政治圧力が強まってきた。ドイツのアンナレーナ・ベアボック外相は今月11日、「この紛争では誰も中立であることはできない」と警告し、セルビア訪問ではヴチッチ大統領にウクライナ戦争とロシアに関する明確な立場を求めている。中途半端は許されないというわけだ。また、オーストリアのカール・ネハンマー首相は17日、ベオグラードを訪問し、「ヨーロッパにとって非常に重要なバルカン地域をロシアに任せてはならず、この地域が不安定になることを許してはならない」と話している。
問題はある。セルビア国民は北大西洋条約機構(NATO)嫌いだ。コソボ紛争中、NATOは1999年セルビアの首都ベオグラードを空爆したこともあって、セルビア国民にはNATO嫌悪、反米傾向がある。ロシア軍がウクライナを侵略した後、ベオグラードで親ロシアのデモが行われ、反NATOのスローガンが叫ばれた。スイスの高級紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」(NZZ)は、「ロシアをこれほど支持してくれる国は欧州ではセルビア以外にない」と評しているほどだ。
NZZが指摘しているが、ロシアはソビエト社会主義共和国連邦の解体(1991年)後の後継国であり、セルビアは解体したユーゴスラビア社会主義連邦共和国の中心国家だったという点で似ている。セルビアとロシア両国には連邦時代への回帰(大国への回復)の思いが払しょくできない。その意味から、ロシアのウクライナ侵攻はセルビアの民族主義者を煽る危険性があるわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年3月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。