西側指導者の対プーチン弱腰が将来に禍根を残す

役者上がりのゼレンスキーはさすが画像の使い方や演出が巧みだ。Tシャツに無精ヒゲでキエフを象徴する建物を背景にした構図といい、英米議会の壁一杯のスクリーンで訴える言葉や表情や映した現地の惨状の演出といい、両国議員の同情とプーチンへの怒りを喚起するに極めて効果的だ。

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役者出身だったレーガン大統領も、演説や立ち居振る舞いが魅力的だった。特にウイットに富んだ当意即妙の受け答えや、ブランデンブルグ門での「この壁を壊しなさい」(87年6月12日のベルリン市750周年式典演説の一節。後の「壁崩壊」に繋がった)などは人口に膾炙した。

何が言いたいかといえば、政治家の学歴や職歴や政治歴などは、聞く者に訴える巧みな言葉遣い、ここぞという時の判断力、ブレない胆力、そして果断な実行力が伴わなければ、役に立たないということ。周りがそう思えば良いのだから心底そうである必要はない。役者が政治家に向いている所以だ。

そうでない政治家は「相手に舐められる」。トランプもプーチンも安倍晋三も、敢えて習近平も、「相手から一目置かれる」ことはあっても「舐められる」ことはまずない。メルケルもそうだった。その「凄み」ともいえる何かが、バイデンやマクロン、ジョンソンや岸田文雄に欠けてはいまいか。

今回のウクライナ紛争を例にとれば、プーチンに「核」をチラつかされただけで、西側諸国の弱腰指導者らは竦み上ってしまい、ロシアへの経済制裁とウクライナへの武器供与が精々の体だ。しかも中途半端なSWIFTでは自国への火の粉は避けていて、プーチンはむしろ侵略を拡大しつつある。

ゼレンスキーは11日の米議会でのそのバーチャル演説で、ウクライナ軍がその「空を閉じる(close the sky)」のを手伝うよう懇願した。ウクライナ上空に「飛行禁止区域(no-fly zone)」を設け、この戦いに介入して欲しいと言いう訳だ。

が、バイデンは、この種の支援は必然的に米国とNATOの軍をロシア軍と戦わせることになり、「第三次大戦を引き起こす」と拒否した。ペロシ下院議長も「我々はウクライナに行かないことで統一されている」、「(NATO条約)5条の状況ではない」と述べ、「だが我々はウクライナに洗練された装備品(sophisticated equipment)を供給する用意がある」と付け加えた

が、ペロシの認識は間違っている。330万人(18日時点)を超える国外へのウクライナ難民の7割を受け入れるポーランド、1~2割を受け入れるルーマニア、ハンガリー、スロベニアはまさにプーチンの侵略の間接的な攻撃を受けている。これらは歴としたNATO加盟国であり、まさに「5条」の状況だ。

バイデンはペロシ発言通り16日、これまでの10億ドルに加え、前日成立したウクライナ支援予算136億ドル(約1.6兆円)から8億ドルの追加装備品支援を発表、これにはドローン100機やスティンガー800基を含む。EUも5億ユーロ(約650億円)の装備品支援を公表済だ。

米国のネットメディア「The Intercept」は5日、14年の「マイダン革命」研究などで知られるウクライナのスラブ研究所の社会学者ヴォロディミル・イシェンコに、ウクライナ紛争についてインタビューし、示唆に富む長文記事を掲載した。その終盤で彼は次のように述べている。

(西側の指導者たちは)プーチンがこの戦争にすべてを賭けていることを理解している。敗北すれば彼はロシアでの権力、そしておそらく人生を失う可能性が非常に高い。なぜなら、ロシアにおける戦争への支持率はそれほど高くなく、戦争に対する熱意もそれほどない。・・だから今のプーチンにとっては、早く勝利に到達することが極めて重要なのだが、EUと米国の政策が制裁と武器だけということならば、彼らはこの戦争に興味があるということでしょう。

米国やEUが高価な「sophisticated equipment」を何千億円分もウクライナに送り込んでいる様子を見れば、この社会学者ならずとも、ロッキード・マーチンやレイセオン(ジャベリン)、そしてゼネラルダイナミクス(スティンガー)などの経営者とその仲間の恵比須顔が目に浮かぶ。

筆者は、かつて地方出張の車窓から見た「あってはならない、なくてはならない」との大看板を思い出した。聞けば、地元の葬儀屋の広告だった。上手いことを言うなあ、と大いに感心したが、軍産複合体の一角であるこうした企業がもし広告を打つなら、ぴったりの文句に相違ない。

閑話休題。要するに、経済制裁や武器供与だけでは、ウクライナ国民の犠牲を増やす戦争の長期化を招いてしまうということ。西側指導者の弱腰を見切ったプーチンの国際法破りの戦争を止めさせるには、支援者から当事者に転じる覚悟があることを、プーチンに見せる必要があるように思うのだ。

この際、ゼレンスキーの懇願に目を向けて、NATOがウクライナ上空を「飛行禁止区域」にし、またポーランドのMig-29をウクライナに供与してはどうだろうか。その場合、プーチンがバイデンやペロシが言うようにNATOに戦端を開くかどうか、反応を見てみるということだ。

バイデンは1月19日、小規模侵攻なら軍を出さないと公言した。後の祭りだが、彼がこの時、ウクライナ国境をロシア兵の一人でも越えるなら、米軍はNATO軍と共にウクライナに派兵する、その準備も整えていると警告していた場合でも、プーチンがここまでやったか、との疑問が拭えない。

バイデンの頭には恐らく14年のクリミア侵攻があり、今回もドンバスへの似た作戦と思っていた節がある。2月21日、プーチンは確かにそう言った。が、24日からの「特殊軍事作戦」はキエフをも含むウクライナ南東部全域の制圧だった。だからトランプのみならず世界中が「驚いた」のだ。

在米の非営利研究所「Center for Naval Analyses」のロシア軍事の専門家マイケル・コフマンは、米誌「The New Yorker」(3月11日版)とのQ&Aで、「最も驚いたのは作戦そのもの。私達はロシア軍が“諸兵科連合”による攻撃を行い、最初に航空作戦が行われ、電子戦などの能力を大きく活用すると予想していたからだ」とし、次の趣旨を述べている

この戦争当初のロシアの不出来は、1939年から40年にかけての冬戦争、つまりフィンランド侵攻の当時のソ連の不出来と、興味深い類似点あるいは少なくともいくつか匹敵する点がある。

空軍を始めとする多くの戦力を導入しない当初のロシアの作戦は、完全に非合理な戦力投入であり、大失敗だった。その理由は、ウクライナとの戦争のために戦力が組織化され、準備された訳でないと思わせるため、部隊に嘘をついたからだ。軍隊を戦争に送る事実と戦争の性質、そして大規模な通常戦力との戦いに対しての、心理的・物質的な準備をさせなかった。

コフマンは、それをプーチンが、「首都に迅速に侵入し、ゼレンスキーを逃亡させるか降伏させることができると強く楽観視していたからだ」と言う。それが、「諸兵科連合(combined-arms-offensive)」ではなく、「特殊軍事作戦」なる迂遠な作戦を執った理由ということだ。

加えて筆者は、プーチンが軍部隊についた嘘や、「特殊軍事作戦」と称して市民に避難を呼び掛け、攻撃を軍事拠点に絞った点を考え合わせると、「諸兵科連合攻撃」がもたらす国際社会の非難を回避したい思惑が、彼にあったように思うのだ。つまりプーチンが強気一辺倒ではないということ。

前述したウクライナ難民について、プーチンが「人道回廊」によってロシアやベラルーシに導こうとする試みも、彼の弱気な側面、すなわちNATOが加盟国への難民流入を間接攻撃ととらえ、「5条」を使うことへの恐れの表れのように筆者には見える。いま西側指導者の胆力が問われている。

最後に筆者の最大の懸念を一つ。それはプーチン亡き後のロシア。習近平がロシアを「金の卵を産む鵞鳥」にすることを恐れる。エネルギー資源と食料の足らない共産中国は、西側が供給網崩壊を数年我慢して制裁すれば倒れるだろう。が、ロシアの資源を得れば、モンスター共産国家になる。