2019年末から発生した新型コロナウイルスは世界各国の経済に大きなダメージを与えた。とりわけ航空業界に与えた影響は大きく、大手航空会社の全日空(以下、ANA)と日本航空(以下、JAL)は2022年3月期の中間期決算で、両社とも約1000億円の純損失を計上した。
一方でアメリカの大手航空3社、アメリカン航空、ユナイテッド航空、デルタ航空はコロナ禍で初めて黒字を計上した。稼ぎ頭である国際線へのコロナによる影響はいずれも大きく受けているはずだが、なぜ日米でここまで違いが生じるのか。
その理由を航空会社のビジネスモデルから考えてみたい。
ワクチン接種に対する見方の違い
航空産業が回復するためには、ワクチン接種が普及するかどうかが重要視されている。米国政府は11月8日より入国制限を設け、「出発前1日以内」に行った新型コロナウイルス検査による陰性証明書の提出を義務付けている。
米国以外でも海外渡航のためにワクチン接種証明書の提出を義務付ける国は多く、ワクチン接種率は国際線の需要回復の指標といえるだろう。
NHKが公表している世界のワクチン接種回数(100人あたり)のグラフ(図1)を確認すると、執筆時点の12月12日、米国は144.75回であるのに対し日本は157.09回であり、日本の方がワクチンが普及していると解釈できる。
一方で、日本の海外旅行の規制緩和は米国に比べて遅れ、JALとANAの国際線回復の目処が立っていない中、米大手航空会社3社は揃って黒字転換を実現した。国内線の収益回復の影響も大きいが、米-ラテンアメリカ線を中心に国際線需要が本格的に立ち直ってきている。
日本と米国とでは、ワクチン接種に対する見方は大きく異なっており、日本ではワクチン接種が今後さらに進んでも即座に旅行需要の回復が期待できないことが予想される。
人件費に対する見方の違い
人件費の見方も日米で大きく異なる。雇用制度の関係から、日系企業は人員削減に消極的であり、機動的なコスト削減を図ることができない。対して米系企業は業績が傾けば社員を解雇する文化が根付いており、事業環境に柔軟に対応できる。
その賛否は一旦横に置いておくとして、JALとANAは緩やかに人件費を削減しているのに対し、ユナイテッド航空やサウスウエスト航空は即座に大幅な人員削減に踏み切った。
JALは2019年第1四半期と2021年同期を比較すると人件費を2割削減している。ANAは同期比3割弱削減した。日系企業がここまで大規模に削減を実行することは異例だが、2年かけてやっと効果が見えるコストカットに踏み切ったとも言える。
一方米航空会社はコロナ不況に迅速に対応した。ユナイテッド航空は、コロナ不況が直撃した2020年4月に2万人以上に自主休職・退職を要請した。アメリカン航空も、同年8月に19000人の削減を発表し、全従業員数の30%超を削りとった。
時間をかけて人件費を削減した日系航空会社と、即座に削減を実行した米系航空会社の業績は、如実に明暗が分かれた。
日米航空会社の直近の業績
下の表は、2021年11月26日時点で直近公表されている決算資料をもとに作成した、日米大手航空会社の業績比較である(表1)。
前述の通り、日系2社はコロナ不況で赤字に対して、米系2社は黒字転換に成功した。
国土が広いため国内線の需要が回復しやすいことや、米政府がいち早くロックダウンを解除したことなど追い風はあったが、経営をスリム化させた効果が大きい。
一般的に従業員削減はネガティブな印象を持たれる。業績悪化を社内外に発信していることを意味するため、業績改善の最終手段として採られる場合が多い。
しかし、早期に大規模人員削減を実施した米系航空会社は今では反対に採用を強化している。2021年8月デルタ航空は、来年夏の航空需要回復を見込んで客室乗務員1500人を採用する計画を発表した。
ユナイテッド航空は2021年1~9月で、2019年の年間実績を上回る1000人のパイロットを既に採用した。
2023年度入社の新規採用再開を発表したものの、今後も従業員を減らしていく姿勢を打ち出している日系航空会社とは対照的である。
JAL・ANAが業績を回復するために必要な「固定費」の削減
JALとANAが業績を回復するには、やはり人件費の大幅削減が重要だと考える。米航空会社の業績回復を成功モデルとして、取り入れられる部分を積極的に採用するべきだ。
JALもANAも新規採用の見送りや給料の減額を発表したものの、早期に従業員を解雇しない方針を打ち出している。
理由としては、国際線需要が回復した際に備えるためだとしている。確かに航空会社の業務は専門性が高く、早期に人員を確保することは難しいだろう。
しかし、日本人の海外旅行先として人気の東南アジアではコロナウイルスが落ち着いているとは言えず、自由に海外旅行ができる状況までまだ遠い。
加えて、コロナウイルスにより世界的にテレワークが浸透し、出張機会はコロナ以前と比較して激減している。出張が必要不可欠な職種もあるが、多くの企業は海外出張の必要性を以前よりは感じていないはずだ。ズームなどオンラインビジネスツールの需要拡大がその証拠でもある。
JALとANAが前提としている国際線需要は、徐々に回復はしてもコロナウイルス以前には戻らない可能性が高い。
航空会社のビジネスモデルはコロナ禍で同様に苦境にあるホテル等の宿泊施設に近い。どちらも固定費が高く、わずかな売上の下落でも赤字に転落しやすい。損益分岐点を下げて黒字化を実現するには固定費を減らす、つまり人件費のカットが必要となる。
両社が打ち出している雇用維持は良心的に見えて政府の補助金や従業員の出向政策を頼みの綱とした延命措置に過ぎない。
会社はステークホルダーのためにも、そして業績の早期回復のためにも厳しい経営判断を下すべきだろう。アメリカの事例を見ても、結果的にそれが早期の雇用回復につながることは言うまでもない。
航空会社トップが不安視する「飛行機を飛ばせないリスク」、SAFとは?
人件費を抑えれば航空会社の先行きは明るいのか。直近の原油高と出遅れたSAF対策にも目を向ける必要がある。
原油価格と航空会社の業績は密接に関わっており、原油価格が高騰すると渡航コストが増大するため業績は悪化する。原油高は原油産出国の増産への消極化や、米国・インドなどの原油消費大国の需要増が影響している。
原油価格を大きく左右するOPECプラスは、需要に応えるより原油価格の安定を望んでいる。海外では渡航需要が回復しつつある中、供給量が変わらないようであれば、原油価格は高値に落ち着くであろう。
また、日本政府のSAFに対する取り組みの遅れも長期的にはネガティブだ。SAFとはSustainable Aviation Fuelの略であり、持続可能な航空燃料を指す。環境への意識が高まる中でSAFの使用を義務化する国もあらわれている。
SAFは世界的な需要量に対して生産が追いついておらず、各国で争奪している状態が続く中、JALとANAは2030年には燃料の10%をSAFにする目標を立てた。しかし実際にはまだまだ道半ばであり飛行機を飛ばせないリスクすら懸念されている。
JALとANAの両代表は今年11月、SAF確保の取り組みが大幅に遅れているとして異例のトップ共同インタビューをNHKから受けた。その際には航空業界と日本政府が一体となってSAFの生産体制整備や調達計画を進めていく必要性を強調した。SAFはライバル会社が手を取り合うほど深刻なリスクとなっている。
日本だけ出遅れる景気回復
コロナ禍による打撃で、航空会社各社は政府の姿勢がいかに業績に影響するかを痛感したはずだ。
政府が渡航制限を本格解除しないことには航空需要は立ち直らない。コロナウイルスを軽視することはできないが、2021年7-9月期の実質GDPはアメリカ、ユーロ、日本で、日本だけが前期比マイナスと落ち込んでおり、回復の出遅れは明らかだ。
SAFの調達にしても、民間企業だけの連携では限界はある。欧州諸国の事例を見習い、官民一体となってSAF問題に取り組むべきである。
JALとANAは、社内のリソース活用政策に取り組むと同時に、政府との連携も積極化する必要があるだろう。
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牧野 章吾 株式会社LIONEL代表取締役
新卒で証券会社に入社。2年目に本社マーケット部門に異動、上場法人を担当。金融営業の在り方に疑問を抱き、株式会社LIONELを創業。IFA転職サイト「IFA PASS」、資産・キャリア形成メディア「MARKET PASS」を開発・運営する。
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2021年12月30日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。