「気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?」スティーブン・E・クーニン(著)

野北 和宏

世界トップランクのカリフォルニア工科大学(カルテック)のナンバー2のプロボストも務められた、名実ともに科学者の頂点にいる、スティーブン・クーニン教授。「地球温暖化」の科学に警鐘をならす「Unsettled」を原著で読んで、科学者としてあるべき態度を強く教えられました。

あまりに感動したので、動画も作りました。

そして、いよいよ2022年3月19日に待望の邦訳版が、杉山大志さんも解説を担当されて配本されました。僕はキンドルで事前予約して、2022年3月19日午前1時に(オーストラリアと日本の間には1時間の時差があります)キンドルに無事に配本されたようで、20日の朝起きたら即読むことができました。

スティーブン・E・クーニン (著), 三木 俊哉 (翻訳), 杉山 大志(解説)「気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?」

この本の醍醐味は「民主主義社会では、気候変化に社会がどう対応するかは、最終的には有権者が決めること」というメッセージに尽きると思います。総論では誰も脱炭素は良いことで反対はしませんが、そして、石炭火力発電を悪者にして閉鎖し、エンジニアもその分野からいなくなった後、いざ各論になって「脱炭素で一人当たり〇〇万円かかります。電気代は○倍になります」ということに直面したときには、すでに遅し。政策は後戻りできません。それを防ぐためには、政策を決める政治家を選ぶ有権者が地球温暖化に関して科学的に正しい知識を持つことが必要最低条件で、メディアの危機感の煽りには冷静であることが必要です。つまり「脱炭素と経済成長のトレードオフ」をよく理解して、メディアが言う「The科学」に惑わされないようにして、判断を一人一人がしなければいけないのです。科学界のラスボス、クーニン教授は、その「The科学」をバッサバッサと倒していきます。

邦訳版では、原著に新たに二つが加わっています。

一つは、冒頭に「日本語版発行に寄せて」として、日本へのメッセージも記されています。その部分は「試し読み」もできるようになっています。それによると、日本の世界全体に対するCO2排出割合はわずか2%なので、日本がカーボンゼロにしてもほとんど世界には貢献できない。それよりも、日本は、全世界に展開可能なCO2低排出エネルギー技術(例えば、超高効率の石炭火力)を開発・実証し続けることで、世界に貢献できる。そして、あらゆる種類の災害に備え、そこから復興する、高度な都市文化社会の日本は、その「適応」を戦略とすべし、と檄を飛ばされています。

もう一つは杉山大志さんの解説。杉山大志さんもクーニン教授同様に物理学の研究者として、ご自身の損得勘定を抜きにして脱炭素化へ警鐘を鳴らしておられます。

この本は、クーニン教授の「Unsettled」の日本語版のような本で、「脱炭素は嘘だらけ」にも僕は強い影響を受けました。動画も作成しています。

邦訳本「気候変動の真実」の内容は原著と全く同じですし、読みやすい翻訳でスラスラ読むことができます。著者のクーニン教授のメッセージは日本の読者に伝わると思います。原著と邦訳の両方を読んでの、受け取るメッセージには違いはないのですが、エピソードでのクーニン教授のウエットに富んだキャラクターは原著でないと伝わらない部分もあると少しだけ感じました。例えば、英国のフィリップ殿下との会食の場面。

原著では「The prince’s framing was sufficiently technical that there was awkward silence around the table—until yours truly, the cheeky American scientist, spoke up in a Brooklyn accent to deliver a mini-lecture on infrared-active molecules, the “black window” effect, and the connection between atmospheric concentration and emissions.」(Koonin, Steven E.; Koonin, Steven E.. Unsettled (p. 62). BenBella Books. Kindle Edition.)となっていています。

邦訳は「そこへ厚かましくも、米国から来たこの私がブルックリン訛りで発言し、赤外活性分子、「黒窓」効果、大気中濃度と排出量のつながりについてミニ講義を行わせていただいた」(スティーブン・E・クーニン. 気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか? (Japanese Edition) (p. 92). Kindle Edition.)。

‘the cheeky American scientist, spoke up in a Brooklyn accent’はクーニン教授ご自身のことなのだけど、原著では「私は」とはしていません。そういう部分が米国人の茶目っ気を感じる部分なのですが、本書は文学作品ではないので、なんら問題は感じませんでしたが。

最後に、本書の「書評」ですが、原著と同じのため以下に原著の書評を再度掲載します。

「科学者の頂点にいるクーニン教授の「地球温暖化」の科学を軸にした半生記。英語教材としても最適。」

アメリカの科学者の頂点にいるクーニン教授が科学者として地球温暖化の誤解を解くために、科学が「今わかっていること」、「わかっていないこと」を誰でも入手できるデータを用いて容易に理解できるようにしています。クーニン教授は決して「地球温暖化否定論者」ではなく、あくまでも科学に忠実に、メディアの恐怖心を煽る報道に苦言を呈し、そして民主的に温暖化対策を(予算を)決めていくことが大切だと、ご自身の半生を振り返りながら、世の中に問うているのです。

クーニン教授は、同じニューヨーク出身でノーベル賞受賞学者のファインマン教授(マンハッタン計画にも参画し、世界の頂点に君臨するカリフォルニア工科大学(カルテック)の理論物理学の超有名教授)に憧れて、カルテックに入学。博士号はMITで取得したのち、カルテックに戻り、理論物理学の教授として教壇に立ち、大学の実質ナンバー2のプロボストまで登り詰めます。計算物理学でのシミュレーションでの教科書、「クーニン計算機物理学」は日本語へ翻訳もされています。

クーニン教授は、その後、BP(ブリティシュペトロリアム)というイギリス・ロンドンに本社を置き、石油・ガス等のエネルギー関連事業を展開する多国籍企業で再生エネルギーの研究開発部門のトップとして働き、オバマ政権に請われて科学政策アドバイザーとなるのです。その後は一介の大学の教授として気候変動に関する教育と研究に専念されています。

本書は、幼少の頃のエピソードから、ファインマン教授とのエピソード(ボンゴを共演したり)、学会のリーダーとして研究者をまとめたり(レッドチームの形成など)、企業での再生エネルギーの研究開発の経験、そして政策決定者への提言の経験など、「地球環境問題の科学」を土台にしたクーニン教授の自叙伝だと感じています。そして、科学者としての良心から、「伝言ゲーム」で科学者が言っていないことが一人歩きしている現状に憂いて、そして出版を通して科学者の使命として行動を起こしているのです。

ある高名な科学者仲間の教授は、クーニン教授に「君の主張していることは正しい。でも自分ならそんなことは敢えて公言しないね」と言われたとのこと。「地球温暖化で人類は滅亡する」というメディアが作り出した「恐怖」による「今生きている人々の日々の暮らしの破壊」(間違った予算の使い方)からクーニン教授は科学者として守ってくれているのだと、本書を読んで感銘を受けました。

この本は、同じ科学者として「科学者のあるべき姿」を示してくれる僕の座右の書となりました。科学者を目指す大学院の学生さん全てが、原著で読むべき本だと思います。世界トップの科学者がどう考え、科学者のあるべき姿、社会とどうつながっているべきかを示してくれる本書。しかも大学1年生レベルの英語力でもスラスラ読める、エピソードたっぷりの読みやすい英語。学生さんの英語の勉強にもなって、そして地球環境問題、エネルギー問題にも明るくなる本書。読まない理由はありません。

動画のノギタ教授は、豪州クイーンズランド大学・機械鉱山工学部内の日本スペリア電子材料製造研究センター(NS CMEM)で教授・センター長を務めています。