小型「戦術」核兵器の脅威

「あなたがヒロシマ被ばく2世と聞いている。だが語弊を恐れず言えば、これは本当に使い易い核兵器なのだ」

ヒロシマ原爆を作ったロスアラモス国立研究所。筆者はおそらく日本人で唯一、内部の深い取材をしたジャーナリストだ。

過去30年以上リバモア、サンデイア、パンテックス、ハンフォード、Y-12 (オークリッジ)、ロッキーフラッツ、サヴァンナリヴァー研究所なども、何度も実際に行き話を聞いた。エレベーターで地下深く潜り、2014年の「臨界前」実験も現場で取材した。

エネルギー省の核関連の国立研究所は、国防総省の核兵器と様々な関係と長い歴史がある。

数回訪問したロスアラモス研究所で、筆者が再度訪問、担当者から深い話を聞いた理由は、米国が新たに「小型戦術核兵器」を製造したと聞いたからだ。設計・製造責任者は、若き天才・ヤンガー博士で、彼のチームが改良版B61-11を完成させた。

ヤンガー博士(右)と筆者
筆者提供

ヒロシマの原爆は高度600Mくらいで爆発。爆風、衝撃波、熱風、放射能を撒き散らした。地上の一般市民、10万人以上が亡くなった。筆者の父は爆心地3キロにいたが九死に一生を得たが、白血病と関連のガンで死んだ。多数が後遺症でいまでも苦しんでいる。

ヒロシマの原爆被害は、米国も初めてで分からない面が多かった。そのため米国は直後に専門家集団を広島現地に送り込み、被害の実態を研究した。当初発見されたデータは機密扱いだったため時間はかかったが、世界にそのデータを公開、人類は原爆がどのような兵器が知ることになった。

ヒロシマとナガサキの筆舌に尽くしがたい犠牲があり、核兵器は「使えない兵器」として世界に認知され、戦後70年くらい人類滅亡につながる「全面核戦争」は避ける一応の“平和”つまり「恐怖の均衡」が保たれてきた。

明確な一線は引けないが、このヒロシマ型やその後に作られた数百倍、数千倍の威力がある大型原爆や水爆は「戦略核」とされる。

その一方で筆者が取材した新型小型核B61-11は、全面戦争になる可能性が小さい。主に目の前の戦局を変える核とされ、その「使い易さ」で「戦略核」と比べて大きな違いがある。

B61熱核爆弾

筆者は全面核戦争の一歩手前になった「キューバ危機」も、ソ連製ミサイルが設置されたキューバ国内などを直接取材した。あの時は、米ソ指導者が共に、頭の片隅に「人類滅亡」が常にあったので、強い抑止力が機能した。だが、いまは違う。「使い易い」小型戦術核で、状況は一変している。

B61-11はヒロシマの16キロトンと比べて0.1から最大約300キロトンと、数分の1から数十分の1と、爆発力を小さくできる。ピンポイントの目標に目掛けて高高度から投下され、重力を利用、硬い地表を貫いて、時間差で地下深く爆発する。ソ連シベリアのツンドラや北朝鮮の秘密基地など、地中の基地攻撃に主に使う目的だった。だから、放射能の拡散は最大限押さえられる。環境への影響は最小限に抑えられて、その分使い易い。

米国は、戦後しばらく継続していた他の大量殺りく用の化学・生物兵器製造・開発計画を放棄した。国際社会に嘘をつき開発を継続したロシアとは違う。そこで最後の頼みの綱、核兵器に戦争抑止の主要な手段を担わせるため、さらに改良を重ねた。その結果の1つがこのB61-11だ。

核兵器の歴史を勉強すれば分かることだが、米国が得た兵器技術は、しばらくしてロシアが似たようなものを得る。諜報戦の結果の1つだ。古くは、国家機密だったロスアラモスで開発された原爆製造情報。ソ連のスパイにより、あっという間にモスクワに流れていた。

この種の小型戦術核も似たようなものは、諜報活動の証拠はないが、独自開発努力もあり、ロシアは現在、2千発以上持っていると言われる。米ロはそれぞれ5〜6千発を保有すると言う数字もある。

以前も書いたが、ワシントンの国家安全保障会議NSCは、常に米国の安全保障を検討、対策を講じている。小生が書いていることの情報の一部は、その複数の関係者からだ。

昨年11月頃にそれまでの諜報に基づき、プーチンによるウクライナ侵攻が本当に起きると知り、設置された「虎チーム」は、本格的な議論を始めた。戦況によってはロシア軍によるABC核・生物・化学兵器使用が現実のものになるという意見も出た。米国として、当然最初から最後まで核兵器は使いたくない。最初は数キロトンの小さなものでも、ほぼ間違いなくエスカレートして、全面核戦争になり、人類滅亡という最悪のシナリオにつながるからだ。

今回の米国によるウクライナ危機への対処の大原則は核の抑止力だ。これまでは、基本的に戦争開始をお互いに避けることで機能してきた。もし相手を攻撃した場合は、自国も似たような被害を間違いなく受ける。だからお互いに手を出せないという「相互抑止」だ。

基本論理は不変だが、今回は米国の対策「ウクライナへの米軍派兵、飛行禁止空域の設定や戦闘機供与はしない」この裏には、プーチンによる戦術核使用可能性がある。それが米国への抑止に最初から最後まで(?)機能している。

この拙稿が出る頃には公になっていると思う。

バイデン政権はオバマ政権の考えを引き継いでいる。オバマの時は、抑止力を中心とした「核の威力」をより減じる方向だった。例えば核を持たない国への核使用をしないとか、相手が核保有国でも核による先制攻撃をしないというような宣言だ。筆者が何度も報じたように、当時は米の核の拡大抑止を強く望む日本などが反対した。

そこでバイデン登場。核反対で大統領当選に役割を果たしたリベラル勢力の影響もあり、バイデンはその流れを汲んでオバマと同じか、さらに核の威力を弱める政策発表の観測がなされていた。だがウクライナ危機発生。プーチンの暴挙に対して、オバマ流を否定、以前より強い核の力を誇示する方向に修正する観測が強まった。特に発表が遅れていたことで、間違いないのではと言われた。しかし筆者のソースは、もうすぐ欧州で公表されるが、大きな変更はなく、予定通り、オバマ政権の方向性を維持。日本にもまた心配の種を植え付けることになるようだ。

核抑止の扱いは日本の米に対する立ち位置も含めて、微妙で複雑だ(生物・化学兵器も含めるか?)。核攻撃に対して、核報復すると宣言、抑止力を鼓舞して機能させる。通常兵器で劣勢になった時に、やむを得ず使うことを認めるか? 非核保有国には核の先制攻撃はしないと宣言して核拡散を防ぐのか?いろいろな議論があり得る。

現在の戦況は楽観的にはなれない。だが命を賭けて領土と主権を守り抜くウクライナ人の頑強な抵抗や西側の可能な限りの支援により、戦況が好転しないため、プーチン側は当初の「傀儡政権樹立」もしくは「ウクライナ全土の併合」の目的を変更、過去成功したクリミアと同じように東部の併合だけで、戦闘を停止する可能性も出て来た。

同時にさらに戦力増強の情報もある。さらに戦況を好転させるためのABC兵器使用の可能性は、いまだに残っている。

davidhills/iStock

これまでの情報では、たとえプーチン軍がABCをウクライナ国内で使ったとしても、米は報復としてABCを使うことは考えにくい。しかし例えばポーランドなど欧州の米軍基地への攻撃なら、使う可能性は一気に大きくなる。

ウクライナの領土や主権も大切だが、米国にとって一番重要なことは、プーチンなど独裁者の存在を可能にしないこと、つまり世界の民主化、民主主義=言論・報道の自由を守り、広めること。そのためにはどんな犠牲でも払う。

状況が大きく変わるABC兵器使用で、バランスがいつ崩れるか、目が離せない。