プーチン氏は聖ウラジーミルの転生?

プーチン氏は先月24日、ウクライナ侵攻への戦争宣言の中で、「ウクライナでのロシア系正教徒への宗教迫害を終わらせ、西側の世俗的価値観から守る」と述べ、聖戦の騎士のような高揚した使命感を漂わせた。ロシア軍のウクライナ侵攻から1カ月が過ぎたが、そのプーチン氏の命令で動くロシア軍がウクライナ内で正教会の建物だけではなく、カトリック教会の礼拝堂などあらゆる宗教関連施設を破壊していることが判明したのだ。

モスクワのクレムリン広場で建立された「聖ウラジーミル像」プーチン大統領(中央)とキリル1世(右3番目)が参加=2016年11月、ドイツ民間放送ntv電子版から(写真はDPA通信)

キエフからの情報によると、ロシア軍はウクライナで少なくとも59カ所の宗教施設を攻撃して害を与えている。正教会の建物が破壊され、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)、イスラム教寺院(モスク)、プロテスタントとカトリック教会の礼拝所も被害を受けている。その範囲はキエフだけではなく、ドネツク、ジトーミル、ザポリージャ、ルハンシク、スミー、ハリコフ、チェルニーヒウなどウクライナ全土に及ぶ。最近では、ウクライナ最東部,ルガンスク州の都市セベロドネツクの正教会の天井が砲撃を受けて部分的に崩壊している。

正教会関係者は、「クレムリンの宣伝家たちは正教会の信仰を守ると声明しているが、その裏に彼らの帝国主義的野心を隠している。ロシア軍による激しい攻撃で正教会や他の宗教施設が次々と台無しになっている」という。オンライン・データベースによると、モスクワ総主教区のウクライナ正教会の42カ所の建物が損傷を受けた。また、独立したウクライナ正教会とプロテスタント宗派のそれぞれ5カ所の教会、3カ所のイスラム教関連施設と同じく3カ所のユダヤ教関連施設、そしてハリコフのローマ・カトリック教会司教の家などがダメージを受けた。

バチカンニュースが今月26日報じたところによると、ドイツのフランツ・ヨーゼフ・オーバーベック司教は、「プーチン大統領は、キエフでのルーシ族の歴史的な洗礼物語を引き出してウクライナの主権国家の権利を否定している」と指摘、歴史的正教の根源をウクライナ侵攻の正当化に利用していると非難した。同司教が「Publik-Forum」誌の最新号のインタビューで述べた。

同司教は、「プーチン氏の使命感は思想化され、他の指摘や主張などに耳を貸さなくなっている。非常に危険だ」と指摘、「ロシア正教会の一部はその国家主義的な視点を信頼し、戦争を承認している。教会と国家がお互いを道具として利用しているのだ。ただし、世界中の正教会の大多数は戦争に反対している。モスクワ総主教キリル1世は例外だ」と主張した。

モスクワの赤の広場前には聖ウラジミール像が建立されている。モスクワ生まれの映画監督、イリヤ・フルジャノフスキー氏はオーストリアの日刊紙スタンダードとのインタビューの中で、「ロシアは何でも起こりえる国だ。論理的な国ではないからだ。プーチンはクレムリン前にキエフ大公の聖ウラジミールの記念碑を建てた。聖ウラジーミルはロシアをキリスト教化した人物だ。クレムリンの前に聖ウラジミール像を建立するということは、ウクライナもロシアに属していることを意味するのだ。プーチンは自身を聖ウラジーミルの転生(生まれ変わり)と信じている。この論理は西洋では理解できないだろうが、ロシアでは普通だ」と説明している。フルジャノフスキー氏は、ナチスによるユダヤ人犠牲者を追悼するキエフのバビヤール記念館の芸術監督も務めている。

同氏は、「ミハイル・ゴルバチョフはソ連と呼ばれる巨大なドラゴンを殺し、多くの自由をもたらした。しかし、私たちが今見ているように、死骸は生き続け、再び昇り始めているのだ。この戦争と国家の状態について、プーチンだけの責任として非難できない。古いソビエト精神の構造から生まれてきたものだからだ。過去100年余り、多くの人々が追放され、投獄され、拷問され、殺された。その暴力的な支配の結果だ。この広大な国では、目に見えないことがたくさん起きている」という。

参考までに、ウクライナのゼレンスキー大統領はウクライナ語ではファーストネームは「ウォロディミル」だが、ロシア語では「ウラジーミル」と呼ぶことから、フルジャノフスキー氏は、「ウクライナ戦争は善と悪の2人のウラジーミルの争いだ」と語っている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年3月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。