談合情報に接した発注機関はどうすればよいか?

最近、日本年金機構(以下、「機構」)発注の特定データプリントサービスをめぐる談合事件で、機構が談合情報に接していながら公正取引委員会への通知を怠り、その後公正取引委員会は独自調査で談合の事実を把握し、違反の摘発に至ったという経緯が明らかになった。

日本年金機構HPより

機構がどのような情報をどのように処理したかの詳細は不明だが、結果的に「杜撰な対応」と批判されることとなった(この点については、アゴラにおける筆者の論考参照)。

筆者の専門は独占禁止法で、入札談合が主たる研究テーマの一つであることもあり、国や地方公共団体、あるいは独立行政法人といった公的発注機関の入札監視、契約監視の第三者委員会の委員(長)を数多く務め、談合情報処理に関する説明を数多く受けてきた。そういった経験を踏まえ、談合情報の扱い方について多少のコメントをしておきたい。

談合情報はどこからくるか。これはさまざまである。問い合わせメールアドレスを通じてくるものもあれば、担当部署にFAXが送られてくる場合もあるし、手紙のような形態もある。また、メディアからもたらされる場合もある。ほとんどの場合が「匿名」のそれであり、「顕名」でくる場合はほとんどない。不正の告発であるから、漏洩、報復を恐れて匿名になるのは自然な話であるが、それが担当を悩ませる。

顕名であればその分、信憑性が高まるし、不正が事実であるならば情報提供者にアクセスし証拠に接する可能性を高めることができるのだが、匿名の場合は送られてきた断片的な情報しか材料がないまま不正の有無を判断しなければならない。

国や地方公共団体が作成している、いわゆる「談合情報マニュアル」では、「内部情報を知っている人物でないと書けない内容かどうか」が重要な基準とされている。例えば、指名競争入札で非公表のはずの被指名業者が正確に記載されていたりすれば、談合に直接接した業者からの情報提供であることが推察される。しかしだからといって不正の内容が正確である保証はない。

いつも疑問に思うことがある。談合情報がもたらされ、それなりに疑いがあると判断されたとき、発注機関は応札業者に(通り一辺倒の)ヒアリングをして談合の有無を確認しようとする。しかし、この手続にどれほどの意味があるというのだろうか。ヒアリングを受けて不正を認めるケースはほとんどない。あっても手続上のミスを認めるぐらいで、業者が「談合という犯罪」をこの段階で認めることは、まず期待できない。むしろ「談合隠し」のきっかけを与えることにもなりかねない。

そこで担当が決まって口にするのが、「私たちは捜査機関ではないので、これが限界だ」ということだ。確かにその通りで、裏の取れない談合情報だけなのだからそうなるはずである。仮に確固たる証拠が得られたのならば、即刻手続を中止し、ヒアリングなどせずに公正取引委員会や警察にそのまま情報提供すればよい。ほとんどのケースで中途半端な対応となるが、それが現実である。

不正が疑われていても手続をそのまま進め、情報を当局に提供し、違反が摘発された後に、契約金額の20%に及ぶ違約金を相手に請求する対応でよいようにも思えるが、ただ、違反が実際にありながらも摘発に至らない場合には、高値の契約を余儀なくされながらも違約金を取れないということになる。疑わしさの程度にもよるが、それが払拭できない場合には手続を中止し、再度、入札の手続きを行うという対応がなされることが多い。

重要なのは、それが違反の摘発の重要なきっかけになるかもしれないのだから、明らかな誤情報を除いて、公正取引委員会や警察にその情報を適切に伝える必要がある、ということだ。冒頭の機構のケースでは、明らかな誤情報として処理した可能性があるが、それならば公正取引委員会が注文をつけるはずがなく、不可解である。

対応が難しいのが官製談合、官製不正の場合である。発注機関の職員が情報を漏洩している、談合に関与している、特定の業者を不正に優遇している、といった情報がもたらされたとき、担当部署は「身内を疑う」ことになる。

不正を指摘するメールが自身のところにきた場合、責任者はどう対応するか。身内から不祥事が出ることを嫌がり、その提供された情報を過小評価することはないだろうか。その情報が首長に直接もたらされたとき、首長は存在すれば自身の責任が追求されることになるその情報をどう処理するか。その逆に、発注担当部署に首長の不正を指摘する情報がもたらされたときに、どうするか。その首長に「あなたは不正をしていますか」とヒアリングをかけるのだろうか。

不正に係る問題については、自身の問題を自身で処理させてはならないし、上司の疑惑を部下に処理させてはならない。ポイントは、第三者の手に委ねることだ。外部弁護士に対応を委ねているという話をよく聞くが、それは自らの不正を法の専門家である(公正、中立な)他者に委ねることで、適正な事案処理にコミットするとともに、不正の防止にも役立つという発想に基づいている。情報提供の窓口をそちらに設けることで、漏洩、報復のリスクを少なくすることもできる。

ただ、その第三者が本人の利益を代弁するような立場になってしまう危険はなくはない(これは、しばしば企業不祥事対応として構成される第三者委員会に対してなされる批判である)。詰まるところ、この中立性、公正さを担保する仕組み作りが重要な課題ということになる。組織のコンプライアンスに係る問題の本質は、まさにこの点なのだと思う。