トランプの副大統領という無理ゲー

マイクと私は、最後に起こった非常に重要な要素を除けば、素晴らしい関係を築いていました。

ドナルド・トランプ前大統領はワシント・エグザミナー紙とのインタビューで上記のように応えた。彼が言及する要素とは2021年1月6日に起こった出来事についてのことである。元々その日は新大統領の就任を議会が承認するという憲法上で定められた儀式的な日であった。しかし、数日前、トランプ氏はマイク・ペンス前副大統領が選挙の結果をひっくり返す力があるとして、ペンス氏に自分が言った通りに行動するように促していた。

トランプ前大統領 同氏公式HPより

だが、自分の憲法上の権限に限界があることを理解し、ペンス氏はトランプ氏の要請を断り、粛々とバイデン氏が大統領選での勝者であり、新大統領になることを上院議長(これも儀式的な役職)として承認した。

これに対し、トランプ氏とその取り巻きは憤慨した。ペンス氏が儀式的役割を果たそうとしていた時にトランプ氏の教唆によって暴徒が議会を襲撃し、ペンス氏を縛り首にするようにと叫んだ。また、ペンス氏の背反に明らかにトランプ氏は嫌悪感を示しており、事件があってから1週間顔を合わせることもしなかった。また上記の同インタビューでトランプ氏はもしペンス氏を再び副大統領として指名したら「支持者」が喜ばないとして、ペンス氏以外の人物と共に2024年の大統領選を戦うと示唆している。その発言は両者の間溝が修復不可能な状態に入っていることを物語る。

副大統領は唾液以下?

 トランプ氏のペンス氏への要求はあまりにも無理筋であった。副大統領はその役職が誕生してから長らく閑職であった。憲法上で定められた権限はふたつだけで、上院の議長を務めること、そして上院で賛否の票が同数となれば自分が票を入れることで議決の最終決定を行うことである。前者に関しては前述したように儀式的な役割に留まり、後者のような事態が発生するのは滅多になく、仮に生じたとしても自党の要求通りに投票することが求められる。そこに自由意志は無い。

ペンス前副大統領 ヘリテージ財団HPより

副大統領職は選挙結果をひっくり返すほどの権限は歴史的に、法律的に考えても無い。権限が全くないからこそ長らく閑職中の閑職であった。そして歴代の副大統領たちの嘆きがその現実を体現している。このように副大統領たちは時の大統領によって脇に追いやられ、惨めな思いをしてきた。

栄えある初代副大統領のジョン・アダムズは副大統領職を「人間の発明や想像力では考えつかないような、最も取るに足らない職務だ」と嘆いた。さらに、強烈なのが大恐慌に喘ぐアメリカを率いたフランクリン・ルーズベルト大統領の副大統領のジョン・ガーナー副大統領の名言(迷言?)である。彼は副大統領の価値は「バケツ一杯の温かい唾液」以下だと吐き捨てており、8年間も足蹴にされた怒りから、空前絶後の3選をルーズベルトが目指した際はそれに反発した。

同情さえ覚えるのがジョンソン副大統領の境遇である。リンドン・ジョンソン副大統領(のちの大統領)は上院院内総務時代に次々と法律を立案し、立法府の魔術師と言われるまでの政治力を誇っていた。しかし、いざ上院で自分が顎で使っていたジョン・F・ケネディ大統領の副大統領となってからは、意思決定の場から外され、政治力は急速に衰えていった。ケネディの秘書によると彼はジョンソンとは違う人物が再選を目指す1964年の選挙で指名しようとしていた。

しかし、そのような不人気で、就くことが政治的には自殺行為であり続けた副大統領職ではあるが、カーター大統領の下でその在り方が変化した。カーター政権以後は実務面で大統領を補え、大統領とのイコールなパートナーシップを担うことが許される人物が就任している傾向がある。カーター氏は自身の副大統領であったモンデール氏を重要な会議に必ず参加させ、機密情報へのアクセス権の付与や、重要な決定の前の優先的な相談相手とするなどといった様々な権限または特典を与え、副大統領職をバージョンアップさせた。

また、近年の副大統領職を見ても、チェイニー氏やバイデン氏は議会のノウハウ、そして外交経験が不足している大統領を補佐する名目で選ばれている。チェイニー氏に至っては、ブッシュ政権の初期の頃は大統領に国防での知見が尊重されたおかげで間接的に大統領に多大な影響を与え、大統領を凌ぐ影響力を手にしていた。

しかし、いくら最近の副大統領たちの政権内での影響が増大しようともそれは全て大統領の裁量次第である。そして、それを証明するかのように事実上のワンマン体制であったトランプ政権下でペンス氏の果たせることができた役割は限定的であり、見方によればカーター以前の副大統領の形に役職が戻ったとも言える。

トランプの副大統領の条件

 支持者の要求に敏感なトランプ氏は恐らくペンス氏を副大統領候補として考慮しないであろう。その場合は誰が代わりを務めるのかは分からない。そもそもトランプ氏が2024年に出馬するかも現時点では確実ではない。

しかし、確実なことがあるとすれば、トランプ氏が共和党の大統領候補に三度なれば(2016、2020年に引き続き)ペンス氏以上の絶対的な忠誠心を寄せてくれる人物を副大統領として選ぶであろう。そして、その人物は明らかに無理筋なことでもイエスサーの一言でこなさなければならない。例え、それが憲法違反のことであっても。

そのような副大統領はクレイジーでなければ務まらないし、正気の人にとっては無理ゲーである。