安倍氏の依頼で出版社に掛け合った朝日記者の軽率さ

記者は政治家の代行業ではない

朝日新聞の著名記者の行動が批判の的になっています。安倍元首相の核シェア(共有)論を巡るインタビュー記事が絡んだ問題ですから、SNSやネット論壇でも賛否が沸騰しています。

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ネット社会では断片的なコメントが飛び交います。ネット論壇のアゴラでも、ツイッターなどのコメントを集めて特集をしています。それを読んで、私の体験をもとに何か述べてみることも必要だろうと思いました。

私は新聞社、系列の出版社に在職した経験があります。新聞のインタビュー記事を取材相手と意見交換しながら調整したこともあります。月刊言論誌については、主なゲラには目を通し、チェックしておりました。業界紙のインタビューを受けた時は、ゲラをもらい全面的に手を入れました。

新聞、出版(特に雑誌)という紙媒体では、インタビューものに対する明示的ないし、あるいは暗黙のルールがあります。それを知らず理解不足のまま、編集権の侵害だとか、朝日新聞の処分はけしからんとか、議論が沸騰しているようでもあります。

安倍氏は今月号(5月号)の文芸春秋でも、緊急特集「ウクライナ戦争と核」で「核共有の議論から逃げるな」を寄稿しています。編集側の質問(説明文)に安倍氏が答えており、インタビュー記事の体裁をとっています。

「事前に編集側が質問事項を用意し、安倍氏に提示する」、「安倍氏が了解すればインタビューが行われ、ゲラを安倍氏に見せる」、「安倍氏側は本人ないし、ブレーン(相談相手)がゲラをチックする」、「訂正、書き足し、削除の要求があれば、出版社側はゲラの修正に応じる」というやり取りがあります。それが常識的な編集過程です。

インタビューを受けた人物が編集側にゲラを要求し、注文を付けることは、編集権の侵害でも検閲でもない。それを事前に約束するか、それが暗黙の了解事項になっているかの違いがあっても、通常のプロセスです。

口頭で質疑に応じ、文章化する過程では、説明不足、聞き間違いもあるでしょう。ざっとしゃべって、後で丁寧に仕上げる。対談ものでも同じプロセスをたどります。

編集権の侵害の問題が起きる場合は次の二つです。インタビューが記事の一部として構成されているにすぎないのに、「ゲラ全体を見せてほしい」、「記事の主旨を修正してほしい」という要求があった場合です。

これは拒否すべきです。基本的には、本人がしゃべった部分だけ相談に応じる。取材をもとに記事が出来上がり、記事全体のトーンが気に食わないから修正してくれというのは、編集権の侵害です。

もう一つ。今回のように、朝日新聞の峯村健司編集委員が間に入って、出版社側に「安倍氏の顧問を引き受けている。ファクトチェックを頼まれているので、ゲラを見せてほしい」と、直接、要求するのは間違いです。

安倍氏、安倍事務所側がゲラを受け取り、ブレーン(例えば峯村記者)にチェックしてもらい、安倍氏側が直接、出版社に何かを注文するのは構わない。雑誌を発行するダイヤモンド社側もそれに応じるが常識的です。

問題なのは峯村記者が直接、ファクトチェックしたいと出版社に求めたことです。安倍氏側がゲラを要求し、峯村氏がチェックし、修正や訂正があるなら、安倍氏側が直接、出版社に申し入れる。それが正常なやり方です。

安倍氏は海外出張に出かける直前のことだったにせよ、峯村記者に「代行」を依頼したのは軽率でした。朝日の記者が「政治家代行業」のようなことを引き受けたのも間違いです。出版社側が怒るのも当然です。

なんでそんな軽はずみな行動をとったのか。安倍氏側、峯村記者の双方が問題です。朝日新聞が「取材先と一体化してはならない」などの記者行動基準に照らして、処分を下したことは正しい。

今回の件は、安倍元首相、核シェア、朝日新聞、朝日記者と、役者がそろったので、ネットが沸いたのでしょう。世間の話題にならないだけで、同じようなことが少なからず行われていると思います。

政治家と記者との関係には独特のものがある。それが騒ぎの背景でもあります。記者は政治家と一体化し、政治家のブレーン、秘書代わり、連絡役などになることが少なくない。それが社会通念を超えた関係になってしまうと、取材対象から独立したジャーナリズムの役割をこなせない。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。