日本のお花畑の元凶はセキュリティとセーフティの混同にあります

藤原 かずえ

極悪非道の戦争犯罪者であるロシアのプーチンが仕掛けたウクライナ戦争を契機にして、日本国民およびその基本的人権を守る国家の【防衛 defense】について再点検することが急務となっていますが、その際に問題となるのが、多くの日本国民が「安全」を表す2つの概念である【セキュリティ security】【セーフティ safety】の違いを正しく理解していないことです。

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防衛事案に対して、実現可能性のない理想論を道徳的に振りかざす日本のナイーヴ過ぎる過激な【お花畑】の本質的な要因は、言論空間においてこのセキュリティとセーフティという異なる概念が混同され、有効な議論に至らないことにあると考える次第です。これまでに何度かこの違いについて説明してきましたが、ここでもう一度簡潔に説明したいと思います。

「セキュリティ」も「セーフティ」も【リスク risk】を低下させて「安全」を構築する際の概念です。

リスクとは、【ハザード=危機的要因 hazard】に起因して特定の【生起確率 probability】【ぺリル=危機的事象 peril】が生起することで発生する【損害 damage】【期待値 expectation】のことであり、次式で定義されます。

リスク = 危険的事象の生起確率 × 危険的事象による損害

この場合、リスクを低下させるためには、少なくとも、危険的事象の生起確率を低下させるか、危険的事象による損害を低下させることのいずれかが必要です。ここに、危険的事象の生起確率を低下させる安全の概念を「セキュリティ」、危険的事象が生起した時にその危険的事象による損害を低下させる安全の概念を「セーフティ」と言います。

巷に溢れている「セキュリティとは人為的な脅威に対しての安全であり、セーフティとは自然的な脅威に対しての安全である」というのは、科学的な定義として妥当ではありません。ここで、わかりやすいように「コロナによる死」を例にして説明します。コロナ死のリスクは次式で示されます。

コロナ死のリスク=コロナの感染確率 × コロナによる致死率

この場合、コロナの感染率を低下させるのがセキュリティ、コロナによる致死率(コロナに感染した患者が死亡する確率)を低下させるのがセーフティです。このために日本政府が行ったセキュリティ対策は、人流の抑制・飲食店の営業自粛・マスク着用の厳行・ワクチンの接種(感染抑制目的)などであり、セーフティ対策は、ワクチンの接種(重症化抑制目的)・病床の確保・治療薬の確保などです。これらは、必ずしも正しい対策であったとは言えませんが、考え方としては、コロナに罹らないようにセキュリティ対策を行い、コロナに罹っても死なないようにセーフティ対策を行っているのです。

さて、ここからは本論の防衛問題について考えてみたいと思います。防衛問題で最も回避すべき「戦死のリスク」は次式で示されます。

戦死のリスク=戦争の発生確率 × 戦争による致死率

この場合、戦争の発生確率を低下させるのがセキュリティ、戦争による致死率(戦争に巻き込まれた市民が死亡する確率)を低下させるのがセーフティです。

このときに国家が行うセキュリティ対策は、戦争を起こさないための措置であり、多くの先進国は【集団的自衛権】の枠組みへの参加と【核の傘】への依存を通して、戦力投射が不可能な強大な軍事同盟から回避が不可能な強大な反撃を受ける【恐怖 fear】を侵略国に認識させることによって戦争を抑止しています。侵略国の同盟国への攻撃は、同盟全体への攻撃とみなされるため、同盟全体と対峙しても利益を得る可能性がない限り侵略国が攻撃する論理的な理由はなくなるというわけです。

さて、日本は1960年から【日米安全保障条約】による米国との同盟関係がありましたが、それを具体化して強固にしたものが2015年に成立した【安保法制】による集団的自衛権の行使の法制化でした。

安保法制の制定にあたっては、日本の防衛よりも党利党略を優先した野党と、日本の防衛よりも政府批判を優先したマスメディアと、日本の防衛よりも自己呈示を優先した左翼活動家という日本が誇る超お花畑集団の【情報操作】【印象操作】【認知操作】による常軌を逸した抵抗がありましたが、3回の国政選挙で示された民主主義における多数決の原則によって成立するに至りました。安保法制の成立を阻止した日本の憲法9条信者のセキュリティ対策とは何かと言えば「憲法9条によって戦争放棄をしている道徳的に優位な日本は、話し合いをすれば侵略国に攻撃されることはない」というものであり、非武装の丸腰こそが最も安全であると主張するものです。

この主張は侵略者の性善説に立つものであり、保証が完全欠如していますが、彼らは主張への反対論者を「狂気の軍国主義者」と見なして悪魔化することで日本国民に非武装を強要してきました。その「丸腰こそ最も安全」というカルト的な信仰が幻想であったことは、日本の隣国でもあるロシアのウクライナ侵略で証明されたと言えます。実際、ロシアの左派政党「公正ロシア」のミロノフ党首は「ロシアは北海道に権利を有する」とまで宣言しているのです。

一方、国家が行うセーフティ対策は、戦争が起きた時に国家が国民を守るための措置であり、多くの先進国は、国家自体が持つ緊急事態法制に従って反撃するとともにセキュリティ対策として既に保障されている集団的自衛権の発動の下に各国との共同戦線を形成することでセーフティを確保しようとしています。加えて市民も国家の指導に基づき民間防衛を開始することがプログラミングされています。

日本の場合は、自衛隊法、安保法制によって改良された各種事態法、そして民間防衛としての国民保護法がありますが、いずれも米国が助けに来るまでの時間稼ぎが主な内容であり、そこには国民を保護する【防衛戦争】としての合理的な戦争計画が欠如しています。

その根本的原因は、セキュリティとセーフティを混同しているために頭の中の整理ができず、「憲法に抵触することを恐れる」という本末転倒な理由でセーフティ対策を議論してこなかったことによるものと考えます。日本の殲滅を目標とする侵略国の野望を打ち砕く防衛戦争を展開するためには、クラウゼヴィッツも論じるように戦況が好転することなく悪化の一途を辿ることになる純粋な防衛だけでは限界があり、軍事力を行使した侵略国への牽制が必要なのです。

日本が誇る超お花畑集団による丸腰のセキュリティ対策はセーフティ対策にはならず、プーチンのような極悪非道な殺人者の前では、多くの無防備な国民の死を意味することになります。憲法9条信者の丸腰戦略を行なえば、セキュリティが突破された時点で侵略者の奴隷になる以外に生きる道は閉ざされるのです。

さて、防衛におけるセーフティ対策の効果は、事前に判明しているものではなく、多くのゲームがそうであるように、軍が保有する戦争装備品と軍が展開する戦術との相互作用によって決定します。今回のウクライナ戦争でもそのことが顕在化しています。

NATO加盟の夢が叶わずセキュリティ対策が不十分であったウクライナに対して、ロシアはセーフティ対策も不十分であると判断して侵略を開始しました。しかしながら、ウクライナのセーフティ対策は必ずしも脆弱ではなく、ロシア軍を引き込んで叩くという防衛戦争の戦争計画によって北部の領土を回復しました。

ウクライナの殲滅を狙った戦争計画で進軍したロシアに対して被害と消耗をもたらして領土を防衛したウクライナは短期的な防衛戦争に勝利したと言えます。ただし、極悪非道のロシア軍を国土に侵入させてしまった結果、不幸にも民間人の虐殺事件が発生してしまいました。これは【戦争犯罪】に他なりません。

その戦争犯罪を根拠にロシアと妥結するような世論を形成しようとしているのが橋下徹氏と玉川徹氏のようなテレビのコメンテーターや鈴木宗男氏です。専制国家ロシアとの妥結は、国家に君臨する極悪非道かつ約束不履行の戦争犯罪者であるプーチンとの妥結を意味し、彼に利する何かしらの譲歩が必要となります。

ロシアのプロパガンダを分析して常識的に考えれば、それはウクライナの一部東部領土についてロシアの実質的支配権を認めるものであり、そのことは、恐怖支配による一部住民に対する精神的・身体的自由権や社会権(生存権・生活権)といった基本的人権の蹂躙を意味することになります。

論理的に履行可能な具体的条件についてのアイデアもなく、ウクライナとNATOに対して道徳違反であるかのように非難した上でロシアと妥結するよう要求することは、戦争犯罪者であるプーチンに与することに他なりません。

重要なことは、セキュリティはセーフティとの相互作用で強化され、セーフティもセキュリティとの相互作用で強化されるということです。命を左右する戦略的ゲームに対して論理的に取り組んだこともない素人が、「妥結すれば何とかなる」といった何の保証もないお花畑な認識をふりかざしてリアリストを気取るのは明らかに有害です。

現在のところ、この戦争犯罪を抑止する方法としては、各国による強固な経済制裁が戦力投射能力を低下することに有効であることが確認されています。国連はロシアからの地位の剥奪と集団安全保障について議論するのが必要でしょう。いずれにしても、各国には最終兵器を持つ戦争犯罪人と対峙する覚悟が必要です。

最後に、日本の防衛の大戦略としては、NATOおよび豪州といった価値観を共有できる国々とのフルスペックの同盟関係を構築し、軍事インフラを共有することが政治的にも経済的にも最大のコスト・パフォーマンスを発揮する効率的かつ効果的でな方策であると考えます。

極悪非道な侵略国に対して有効なセキュリティ対策は、侵略すると利益よりも損害が上回ることを強大な同盟のコミットメントによって認識させることであり、有効なセーフティ対策は、侵略しても有効な損害を与える前に絶望的な損害を受けることを科学的データによって認識させることしかないのです。

2022年3月7日、「自衛隊は違憲である」と主張する日本共産党の志位和夫委員長が「急迫不正の主権侵害が起こった場合には自衛隊を含めて、あらゆる手段を行使して、国民の命と日本の主権を守り抜く」と述べました。ついにここに来て、お花畑のド真ん中で「憲法9条はセキュリティ対策になる」と瞑想していた超楽観主義者が「憲法9条はセーフティ対策にならない」ことに気付いたものと考えられます。


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2022年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。