47年間貫いて来たスペイン外交をムハンマド6世が指導するモロッコ政府の圧力の前に屈服。独断で180度転換させたサンチェス首相の軟弱な外交について以下に触れてみたい。
極左ポデーモスの閣僚をモロッコ政府が受け入れない理由
2020年12月17日、サンチェス首相と主要閣僚はモロッコを訪問して同国の首相と閣僚との二国間の合同閣僚会議をする予定になっていた。これは2003年のアズナール首相の時から始まり、サパテロ首相が2007年、ラホイ首相が2012年と、この合同閣僚会議は恒例となっていた。
ところが、モロッコ政府は開催が予定されていた日の1週間前の12月10日、それを中止することを発表した。この中止の背景には2点ある。
ひとつは同日米国のトランプ氏が大統領のポストを去る前にモロッコが主張している西サハラの領有権を認めることを明らかにしたということ。この決定でモロッコ政府はスペイン政府の外交を転換するように暗黙の圧力をかけることができるようになった。
もうひとつはサンチェス首相内閣には第2副首相を筆頭に極左ポデーモスの議員も閣僚となっているということ。ポデーモスは西サハラの領有権はモロッコに帰属するものか、独立か、西サハラの住民による住民投票で決めるべきだという考えだ。しかも、ポデーモスは西サハラの独立の為の戦闘部隊ポリサリオ戦線と強い絆をもっている。ポデーモスがこの絆をもっていることがモロッコ政府には気に食わないのである。だから、ポデーモスの閣僚を閣僚会議に迎え入れることはできないというのだ。
この2点が閣僚会議をモロッコ政府が中止させた理由だと憶測されている。
しかし、このポデーモスの考えは国連決議案1514号に従うもので、スペイン政府もこの国連決議案をこれまで47年間支持して来たのである。
西サハラはスペインが統治していたが、西サハラを支配しようとするモロッコの前にスペインは1975年に撤退。撤退する前に西サハラの住民にモロッコに帰属か独立かを問う住民投票を実施させることを約束。それがモロッコと西サハラの独立の為に戦っているポリサリオ戦線との間でも合意として結ばれた。それがまた国連の決議1514号として認められたというわけである。
サンチェス首相が独断でスペイン外交を転換
ところが、サンチェス首相の独断によって覆された。モロッコ政府がこれまで主張して来た西サハラに自治制を導入してモロッコが統治するということにスペイン政府が合意することを明らかにしたのである。しかも、それがサンチェス首相の口から表明されたのではなく、彼がモロッコ政府に送った書簡によって明らかされたのである。その書簡の一部をモロッコ政府が公開したからである。
なぜサンチェス首相が独断でそのような決定を下したのか。それは以下のような理由からである。
モロッコはスペインにとって最も重要な国である。その証拠にスペインの歴代首相は最初の外遊先は常にモロッコと決まっている。
ところが、スペイン政府はモロッコ政府とは2020年から膠着状態に陥っている。スペインの連合政府にポデーモスの議員が入閣しているからである。
スペインは領有している北アフリカ先端のセウタとメリーリャの両自治都市にモロッコから不法移民が侵入してその数が年々増大。両都市の治安に悪影響を与えている。モロッコ政府はスペイン外交を牽制するのにこの不法移民を増やしてカナリア諸島などに違法入国させている。不法移民を出汁しに使っているのである。
昨年4月にはポリサリオ戦線のリーダーブラハム・ガリ氏がコロナに感染して治療が必要になった際にアルジェリア政府の依頼でスペインは彼を秘密裡に入国させて治療した。それがモロッコ政府に知られるところとなった。それまでスペインとモロッコとの外交がぎくしゃくしていた上に追い打ちをかけるかのようにモロッコの敵のリーダーをスペインが匿ったということで両国の外交は更に悪化。
最終的に両国間の関係改善にゴンサレス・ラヤ外相が辞任するという出来事もあった。しかし、ガリ氏を入国させたのはラヤ外相ではなく、サンチェス首相の判断だったというのは公然の秘密となっている。
この不祥事を早速モロッコ政府は利用して自治都市セウタにアフリカから若者を中心に8000人余りの不法移民を違法流入させたのである。
セウタ、メリーヤそしてカナリア諸島にはアフリカから不法移民が絶え間なく今も毎日のように流入している。それをモロッコ政府が管理を緩めてそのようにさせているのである。
サンチェス首相はこの違法な移民の流入をモロッコ政府がコントロールすることを望み、また両国の円滑な外交関係の復活を望むかのように西サハラに自治制を導入すればこの違法流入の問題も解決すると浅薄に考えたようである。
しかし、それはサンチェス首相の一方的な考えであって、モロッコ政府は折々両国の関係に亀裂ができればこれまでのようにこの2つの自治都市の領土回復を主張してくることは明白である。
逆にアルジェリアとの関係が悪化
今回のサンチェス首相の外交転換でモロッコ政府とは一時的に関係は回復したが、それは同時にアルジェリアとの関係悪化を招くことになった。アルジェリアは西サハラの独立を支援しており、モロッコとは対立関係にある。
しかも問題は、スペインはアルジェリアから天然ガスを輸入しており、2020年にはサンチェス首相がアルジェリアを訪問してアルジェリアの戦略的重要性を強調。今回のサンチェス首相の外交転換によって、アルジェリアは今後はイタリアとの関係を強化して行くことを表明している。イタリア経由で同国の天然ガスをヨーロッパに供給するという意向である。 実際、アルジェリアはイタリアのドラギー首相の訪問を要請した。これは明らかにスペイン政府を牽制するものである。
またアルジェリア航空はこれまでスペインの4つの空港と路線を持っていたが、コロナパンデミック以降はスペインへのフライト路線はすべて廃止になった。またスペイン向けの天然ガスの価格の見直すことも明らかにした。
スペインはこれまで半世紀あまり西サハラの住民投票を支持して来たにも拘らずモロッコ政府とは円滑な関係を維持して来た。それを敢えて変える必要はないはずであるが、サンチェス首相の不器用な外交とモロッコ政府からの重圧に耐えらなかったようである。
その結果、スペイン政府は西サハラの住民からは信頼を失い、同様にアルジェリアからも信頼を失うことになったのである。
サンチェス首相は遂にモロッコを訪問
そのような状況下でサンチェス首相は4月8日モロッコを訪問した。両国の外交衝突から16カ月ぶりである。
ところが、ひとつスペイン側にとって気になることが発生した。ムハンマド6世とサンチェス首相の会食の背後に置かれた両国の国旗であるが、スペイン国旗が逆さまに掲げられていたのである。モロッコ側のミスでそれが発生したのか、或いはモロッコの前にスペインは降伏したことを意味するものかスペインのメディアでそれが話題になっている。