露のウクライナ戦争は「聖戦」でない

東方正教会のコンスタンディヌーポリ総主教、バルソロメオス1世は10日、ロシアのウクライナ侵攻を強く非難し、「戦争は悪魔的だ。悪の主要な武器はウソをつくことだ。戦争では何事も解決できない。新しい問題を生み出すだけだ」と主張した。バルソロメオス1世はポーランドを訪問し、ウクライナからの避難民の状況を視察してきた。同1世は世界約3億人の正教徒の精神的最高指導者である。

モスクワ総主教区から分離したイタリアの正教会(バチカンニュース2022年4月11日)

エキュメニカル総主教のバルソロメオス1世は数日前、ギリシャの学生たちの前でも同様の内容を語り、「攻撃者が武装していない無実の人々、子供を攻撃し、学校、病院、劇場、教会さえも破壊することは正当化できない」と指摘し、「ロシア正教会のモスクワ総主教キリル1世の態度に非常に悲しんでいる」と述べている。

ロシア正教会最高指導者、キリル1世はロシアのプーチン大統領を支持し、ロシア軍のウクライナ侵攻をこれまで一貫として弁護し、「ウクライナに対するロシアの戦争は西洋の悪に対する善の形而上学的闘争だ」と強調してきた。

バルソロメオス1世は、「キリル1世はウクライナ正教会のロシア正教会からの分離が紛争のきっかけとなったと説明しているが、不正を正当化するための言い訳に過ぎない。」と述べ、ウクライナ戦争を「聖戦」と呼ぶのを止めるべきだと要求している(バチカンニュース4月12日)。

キーウからの情報によると、ロシア軍はウクライナで少なくとも59カ所の宗教施設を攻撃して被害を与えている。正教会の建物が破壊され、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)、イスラム教寺院(モスク)、プロテスタントとカトリック教会の礼拝所も被害を受けている。

ここにきてジュネーブに本部を置く世界教会協議会(WCC)から、「ロシア正教会をWCCメンバーから追放すべきだ」といった声が高まってきた。WCCはスイスのジュネーブに本部を置く世界的なエキュメニカル組織だ。120カ国以上からの340を超える教会と教派の会員が所属している。WCCには、多数のプロテスタント、ほとんどの正教会、東方諸教会が所属している。ローマ・カトリック教会はオブザーバーの立場だ。

WCCのサウカ暫定事務局長(ルーマニア正教会所属)は、「加盟教会をWCCから除外する決定は、事務局長ではなく、統治機関である中央委員会に委ねられている。中央委員会は6月15日から18日まで会合し、今年8月31日から9月8日までドイツのカールスルーエで開催されるWCC第11回総会の準備をする。WCC中央委員会は、関係する教会との真剣な協議、訪問、対話の後、関係教会の除外問題を決定することになる。正教会の一員として自分も苦しい。悲劇的な出来事、大きな苦しみ、死と破壊は、正統の神学と精神性に対立する。その戦争を正当化するロシア正教会の状況に懸念する。キリル1世に個人的に手紙を書き、2人の大統領に戦争を終わらせるよう呼びかけたばかりだ」と述べた。

注目すべきは、ウクライナでキエフ総主教庁に属する正教会聖職者とモスクワ総主教庁に所属する聖職者が「戦争反対」という点で結束してきたことだ。ウクライナ正教会(モスクワ総主教庁系)の首座主教であるキーウのオヌフリイ府主教は2月24日、ウクライナ国内の信者に向けたメッセージを発表し、ロシアのウクライナ侵攻を「悲劇」とし、「ロシア民族はもともと、キーウのドニエプル川周辺に起源を持つ同じ民族だ。われわれが互いに戦争をしていることは最大の恥」と指摘、創世記に記述されている、人類最初の殺人、兄カインによる弟アベルの殺害を引き合いに出し、両国間の戦争は「カインの殺人だ」と述べた。同内容はロシア、ウクライナ両国の正教会に大きな波紋を呼んだ。

最近では、イタリア北部のウディネにあるロシア正教会は、モスクワ総主教区から分離したばかりだ。ウディネのロシア正教会は現在、コンスタンディヌーポリ総主教の管轄下に属することを願っている。イタリア日刊紙「イルメッサジェロ」が11日、報じた。

なお、イタリア通信社ANSAが11日報じたところによると、ローマ教皇フランシスコはキリル1世と今年6月にエルサレムで会うことができるかもしれないという。フランシスコ教皇は6月12日から13日にレバノンを2日間訪問した後、同月14日朝にヨルダンのアンマンからエルサレムに到着する。フランシスコ教皇はそこでキリル1世と会い、ウクライナ戦争について話すことができるかもしれないという。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年4月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。