「働き方格差」を生む転勤なし、勤務時間自由

4月11日号の日経ビジネスの特集は「さらば転勤 変わる日本型雇用」また、月曜日の日経電子版トップの記事は「日立、週休3日で給与維持 生産性向上へ働き方改革」。この2つが報じる新しい働き方には企業側の苦悩が見て取れます。賃金だけで人が釣れないのは今も昔も変わりません。福利厚生施設の拡充で従業員を喜ばせたのは80年代まで。会社の経費で部内飲食が横行したのもその頃まで。その後、給与は下がり、経費の管理は厳しくなり、会社の保養所は売却されるのが企業間でブームとなります。

日立製作所HPより

ところが北米では2000年代初頭からIT関係の人材確保に四苦八苦で入社すれば新車プレゼント、ランチは会社にデリバリーが来て、好きなものを食べ放題、事務所の一角にはビリヤードなどゲームを置き、社員に心地よい職場環境を提供する新しい試みが生まれました。

時代というのは意地悪で、そこで発生したのがコロナ。こうなると会社に行けない、仕事はリモートと’好む好まざるにかかわらず強制的な働き方への変化が生まれました。2年強たった今、リモートワークの是非はあちらこちらで議論されています。カナダでは役所業務におけるリモート弊害が多数報じられています。理由は作業のモチベーションや効率化が役所仕事にそもそもなかったところに在宅、リモート、管理も緩いとなれば「一定期間内に作業を終わらせる」大義名分がなくなったのです。

日立製作所が打ち出した勤務時間自由という新発想はリモートワーク是非論に対する解決策の一つという見方もできます。同社では一か月間の勤務時間管理という手法に変えました。今までは勤務は一日8時間労働という縛りでした。これを例えば月176時間労働といった具合にするわけです。そうすれば週休3日も可能だし、出社する時間も自分の生活の都合に合わせたものに出来ます。対象は本体の15000人とあります。同様の発想はパナソニックやNECも検討中とされます。

これは論理的には上手くいきそうですが、実態面は私は定着するのに時間がかかると思います。

北米では給与の支払いが月2回とか、2週間ごとといったケースが主流です。上級管理職は月1回、ところが現場スタッフは週給や日給という人もいます。なぜ、エントリーレベルの業務に携わる人は給与の支払い頻度が多いかといえばお金を長期間管理できないからです。つまり、もらったらすぐに使ってしまい、給料日前にはすっからかんになるという人が多いからです。これは現代社会でも改善されていません。

日立が取り組むのはこの給与支払い頻度と同じ話です。管理基準を日ごとから月単位に変える、そうするとつじつまが合わない社員が必ず出てくるのです。例えばはじめ、休みを取り過ぎたり、「消化勤務時間」が少なく、月末に「ヤバい」といって一日12時間労働するという人も出てくるでしょう。あるいは「俺は月半分勤務、月半分休みだ」と豪語して無謀な勤務体系に臨む人も出てくるでしょう。それは社員も会社も試行錯誤で安定しない状態が何年か続く、これが私の読みです。

一方、日経ビジネスの特集「さらば転勤」を読んでいるとある意味、ムカムカしてきました。今の時代、そこまで社員を慮らないとだめなのか、というほど転勤への抵抗力が強くなってきてているようです。この特集に明確な結論はない、というのが私の読後感。つまり、転勤を減らす、希望制にするといった処遇は増えてきているものの転勤を厭わない人も一定数いるし、組織論的にそれが必要な部分でもあるのです。

たとえば完全に転勤がない組織が生まれたとしましょう。あなたが所属する部署にはいい人もいるけれど嫌な人もいます。仲たがいしたりちょっとしたいじめもあるかもしれません。だけど、その組織をどうやって修復したり、活性化するのでしょうか?毎日、同じ顔ぶれの家族のような組織ならば保守的で新しいアイディアは生まれにくくなります。私はそんな会社は遠慮させていただきます。

この日立のケースと転勤がない会社組織は企業側の従業員へのすり寄りですが、雇用側の威厳は何処にあるのでしょうか?仕事は温室では育ちません。なぜなら環境変化への耐性がなくなるからです。私の発想は昭和型と思われるかもしれません。が、アメリカ人は給与が高い人ほど必死に働きます。なぜなら怠けていたらクビになるからです。

その点からすると日本の労働環境は昔の農作業に近いスタイルに戻っているように見えるのです。繁忙期は総出でやりくりし、水田に引き込む水は共同体でうまくバランスを取ります。閑散期は好きなことをし、出稼ぎに行く人もいるでしょう。これではムラ社会を生み出してしまいます。「緩いこと」が当然の権利だとすれば日本型社会主義はまた一歩、磨きをかけたのかもしれません。

私は企業が社員をつなぎ留めず、辞めたい人は辞めさせても人材の流動性を高めて、企業が特徴を作り、切磋琢磨することこそ、本当の企業の強さを作り出すと思っています。それでも人材が足りないなら外国から持ってきたらよいでしょう。東南アジアの人は優秀で食らいつきます。

一方、日立型の働き方はできる人と普通の人の格差が一段と明白になるはずです。頑張る2割の人と全体の6割の主流層との問題が出てくるでしょう。極論すれば役所のキャリアとノンキャリアの違いのような差を想像したらよいと思います。それが日立の真の戦略ならそれは非常に賢いということになります。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年4月14日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。