八十にして開花す

孔子は「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず…十五歳の時学問に志し、三十歳にして学なって、世渡りができるようになった。四十歳で事の道理に通じて迷わなくなり、五十歳にして天命の理を知った。六十歳では何を聞いてもその是非が判別でき、七十歳になった今は思いのまま振舞っても道をはずさなくなった」と述べていますが、残念ながら彼は80歳まで生きていません。もし80歳まで生きたならば孔子は何と言ったのか非常に興味深いわけですが、このような偉大な人物は長く生きれば生きただけの素晴らしいことを言われたと思います。

此の孔子の時代、「人生七十古来稀なり」とされていた中で、そこを80歳まで生きる人は殆どいませんでした。従って孔子自身も、80歳・90歳と生きて行くというふうには想定していなかったでしょう。ですから、70歳位までに自分を完成させるといったペースで人生をやってきたのだろうと思います。そして、七十にして「矩を踰えず」ある種最高の境地に達していたようです。故に孔子が八十にして発する言葉は、その延長線上でしかないのかもしれません。

他方、我々の世代は孔子よりもずっと長生きです。「人生100年時代」とまでは言いませんが、80代位の人はごろごろいます。しかし考えてみるに、80代・90代でも全く衰えを見せないような人は滅多にいません。それは冒頭挙げた孔子の如く、10年単位で進化し続けられる状況に大変化が生じてくるからです。

何時の日か人間は必ず老いて朽ち行きます。その過程で一番大事な脳は全体として萎縮し、ダメージを受け機能不全を起こして行きます。アルツハイマー病あるいは無症候性脳梗塞にもなるとかで、そうなってくると「矩を踰えず」とか何とかといった世界では最早ありません。それはどちらかと言うと退歩であり、子供に返るということかと思います。

そういう意味では、明治・大正・昭和・平成と生き抜いた知の巨人である森信三先生(1896年-1992年)が、例えば85歳を超えて『森信三全集続篇』(全8巻:昭和58年出版)を執筆し、新たな学問体系を樹立して行ったことは信じ難くもあります。また同時には、長い間生きている間に起こる人生観・世界観というものの変化が、人間に新たな気付きを齎し得るということかもしれません。そうして増大する知見を森先生の如く、八十にして如何にして開花し自分を完成に向かわせるのかも、我々世代にとっては儚い人生における一つの大きな課題であるように思います。


編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2022年4月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。