日本でスポーツ施設建設の扉を開くために必要なこと

先月、日本の水際対策がようやく緩和されて入国後の自主隔離がなくなったので、久しぶりに日本に出張してきました。その前の出張が2020年9月だったので、1年半ぶりです。

出張中は北海道にも足を伸ばし、開業を年末に控えた北海道日本ハムファイターズの新球場「エスコンフィールド北海道」の建設現場を視察して来ました。1年半前はまだクレーンが立ち並ぶだけで何を建てているのか分からない状態でしたが、今ではボールパークの輪郭もはっきり立ち上がってきており、70%程度の仕上がり具合とのことでした。

ちょうど3月21日にマスコミにもボールパーク内部が初公開されたのですが、地元の北海道テレビが詳しくレポートしてくれていますので、興味がある方はこちらをご覧下さい。

↓こんな感じで時系列で訪問時に撮影した写真を並べてみるだけでも感慨深いものがあります(先月は雪が降っている中での視察になりました。今年の札幌は例年の倍の降雪量だそうで、街中にもかなりの雪が残っていました)。

<2018年6月時点>まだ北広島市が候補地の1つだった頃

<2020年9月時点>工事着工から半年後

<2022年3月時点>開業まであと9か月

ファイターズとは、新球場構想の産みの親でもあるM沢さん、M谷さんらと2015年からプロジェクトを始動しており、二人も忙しいスケジュールの合間を縫って毎年必ず1週間~10日ほどかけて米国を訪れ、一緒にボールパークを見て回りました。トロントからデトロイトに渡り、そこからワシントンDCまで車で東海岸7都市を750マイル縦断したなんてこともありました。

今回、球場の設計はコンペの結果、HKSさんにお願いすることになったのですが、HKSで八面六臂の活躍をされているK谷さんとのつながりもフロリダ視察中の偶然の出会いがきっかけになったものでした(調べたら2017年でした。もう5年前か)。

今思い出すのは、2015年頭にM沢さんがプライベートでNYに来たんですよね。あれはM沢さんが横浜DeNAベイスターズの事業本部長や侍ジャパンの事業戦略担当を歴任した後、ちょうどファイターズに戻る直前だったと記憶しています。

その時、夜居酒屋に飲みに行ったんですけど、「業界長くなったので、昨対比+X%で事業を回していくのは難しくない(けど、それでは面白くない)」「一度今までの業界の垢を落として、全く新しい考え方で球団経営を行いたい」みたいなことをM沢さんが言っていたのを今でも覚えています。この時はまだ新球場のアイデアは出なかったと思いますが、今振り返るとその萌芽は感じられますかね。

プロジェクトが始まった当初は業界関係者と話しても「本当に球団主導で新球場なんて作れるの?」という半信半疑というか、そんなの無理でしょ、という反応が多かったです。日本は企業により球団が保有されているケースが多く、親会社の都合で物事が動くということは割にありましたが、球団が親会社に働きかけ、動かしていくという構図は画期的でした(多分、今でもそうです)。

ここまで形になったのは、ビジョナリーで剛腕のM沢さんと、超優秀な実務家で財務のスペシャリストでもあるM谷さんのMMコンビのリーダーシップと上手な役割分担があったからでしょう。そして、その志に多くの仲間が集まってきたわけです。

ファイターズとは米国で話題になったボールパークやスポーツ施設にはできるだけ出向いて視察し、関係者から直接ヒアリングする機会を設けてきたので、彼らがかかげる「世界がまだ見ぬボールパークをつくろう」は単なるキャッチフレーズではなく、本気で目指している目標です。僕も仕事柄米国内のスタジアム・アリーナは相当な数を見てきていますが、エスコンフィールド北海道はお世辞抜きでMLBの最新鋭ボールパークと比べても全くそん色ない世界水準のボールパークだと自信をもって言えます。

また、凄いのはボールパーク内部だけでなく、球場周辺のエンタメエリア「Fビレッジ」も約32ヘクタールもの広さがあり(東京ドーム約6個分)、今球団がプレスリリースで公表しているだけでもマンションや認定こども園、シニアレジデンス(メディカルモール)、キッズエリア、農園エリアなどが設置される予定です。アメリカでもスポーツ施設の周辺開発をここまで複合的にやっているプロジェクトはほとんどありません。

これだけのプロジェクトが600億円でできてしまう日本って凄いです。施工を担当する大林組さんを筆頭に、日本の設計・建設技術の高さを物語っています。仮にアメリカで全く同じプロジェクトをやったら倍くらいはかかると思います。そういう意味では「格安」のボールパークとも言えます。

この600億円は2019年に設立された事業会社、ファイターズスポーツ&エンターテイメント(FSE)を通じて全額調達されることになるため、プロジェクトの整理としては「民設」となりますが、当然地元北広島市の全面的な協力がなければこの計画は実現しませんでした。

候補地の提供はもちろん、公園・道路・上下水道の整備や新駅の設置など最大200億円ほどを北広島市が負担することになります。また、FSEは土地使用料の免除や固定資産税・都市計画税の一定期間免除などの支援を北広島市から受けることになります。

話はそれるかもしれませんが、ファイターズの新球場プロジェクトは、MLBアトランタ・ブレーブスの新球場建設経緯に似ています。ブレーブスは2017年にアトランタ市から北隣のコブ郡に転出して新球場SunTrust Park(現Truist Park)を建設しました。

もともとブレーブスはアトランタ五輪を機に1997年に建設されたTurner Field(アトランタ市が保有)を使っていたのですが、老朽化が進み、施設のアップグレードを要望するも市に色よい返事をもらえず、コブ郡にあった空き地に新球場と「Battery Atlanta」と呼ばれる街を1つ丸ごと作ってしまいました。

ちなみに、ブレーブスなきあとのTurner Fieldは、地元ジョージア州立大学に買収され、フットボール部の専用スタジアムとして改修されています。近年は、球団移転後のボールパークを解体せずにフットボールやサッカースタジアムにリノベして再利用するケースが増えてきてますね。アトランタ市はブレーブスに去られて目が覚めたのか、その後State Farm Arenaの改修やMercedes-Benz Stadium建設に税金を投入してチームに移転されるリスクを排除しています。

エスコンフィールド北海道の場合は、FSEが600億円を全額調達していますが、SunTrust Parkの場合は建設費6億7200万ドルのうち3億ドルはコブ郡が拠出していましす(コブ郡が保有する公設施設)。一方で、Battery Atlantaの開発資金5億5000万ドルは球団自身が拠出しています。つまり、球団は不動産事業も手掛けていることになります。

以前、「スポーツ施設建設によるジェントリフィケーションって何?と思った時に読む話」でも書きましたが、米国の自治体はスポーツ施設建設に税金を投入して保有しても施設収益をリターンとして期待しません。SunTrust Parkのケースでは、施設を保有するコブ郡は310万ドルの施設使用料と引き換えに球場から生まれる収入(チケット収入、協賛収入、物販収入など)全てをブレーブスに渡しています。つまり、施設のP/Lは赤字です。

なぜこうしたディールが成立するかというと、自治体がリターンとして重視するのは施設収益ではなく、施設建設を触媒にしたジェントリフィケーションを通じて創造される社会資本(事業誘致、雇用拡大、観光客誘致、都市ブランド向上、社会的一体感の強化など)や構造資本(集積化、活性化など)だからです。日米ともにスポーツ施設の大半は自治体に保有されており、球団は施設保有者たる自治体(もしくはその外郭団体)とリース契約を結びます。ですから、「借家モデル」が必ずしも悪いわけではありません。

ポイントは「借家モデル」の大家が施設の内を向くか外を向くか。内を向いて施設収益を球団と奪い合ってしまうと対立関係(パイを奪い合うゼロサム・ゲーム)が生まれます。逆に、外に向いて都市開発を通じた社会資本創造に目がいけば、自治体と球団には互恵関係(パイを増やすプラスサム・ゲーム)を構築する余地が生まれます。

今、日本のスタジアム・アリーナ改革をけん引しているのは民設プロジェクトが多いですが、本丸は公設プロジェクトです。先頭を走る民設プロジェクトで社会資本や構造資本が創造され、その効果が目に見える形で実感されるようになった時、日本のスポーツ施設建設への扉が本当の意味で開かれるのかもしれません。


編集部より:この記事は、在米スポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2022年4月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。