橋下徹氏のウクライナをめぐる言説は、橋下氏が大きな影響を受けた大学時代に通った司法試験予備校主宰の伊藤真氏とのつながりを考えるとよくわかる。その見通しで、前回まで4回の記事を書いた。
伊藤真氏は有名な護憲派の運動家の方で、言論活動のみならず、「安保法制違憲訴訟の会」などの活動も精力的に行っている。
伊藤氏があまりに有名な方で、橋本氏との思想的つながりが明確に見えたので、逆に最近の伊藤氏の言説のチェックを怠っていた。池田信夫氏のツィッターを見ていて、伊藤氏がすでに4月1日にウクライナについて文章を書いていたことを知った。
私が繰り返し強調しているように、橋下氏は自治体首長時代に「改憲派」のイメージを売っていたが、実はその思想の根っこは憲法学通説にあるようで、外交問題などになれば、そのことが完全に白日の下にさらされる。それで伊藤氏と完全に合体する。そのことについて半信半疑の方もいらっしゃるようだが、4月1日に伊藤氏自身が既に明確に証言されていた。
今回のウクライナ戦争において、民間人も含めて最後まで戦うべきだという意見もありますが、逆に早急に逃げるか白旗を上げて民間人の被害を最小限に食い止めるべきだという意見もあります。・・・ 元大阪府知事の橋下徹弁護士は、テレビで「交渉のためにはプーチンの考えは何なのかっていうことを的確に把握しなければない」「これはあくまでNATOとロシアのプーチンのつばぜり合いの話だっていうことを把握しないと」と発言したそうです。伝聞で申し訳ないのですが、的確な指摘と考えます。橋下氏とは意見が違う点もいくつかあるのですが、立憲主義を堅持する立場を明確にしていて賛同することも多く、私もいろいろ学ばせてもらっている論客です。
彼はツイッターでも「いざ戦争になった場合に、戦う一択の戦争指導がいかに危険かということを今回痛感した。停戦協議の中身を見ればこの戦争は政治で回避できた。」と述べています。この戦争が外交の失敗の結果であり、本来はこうした戦争状態に引き込まないことが政治家の職責であることを、府民を守るために私などは想像もつかない政治の修羅場をくぐってきた橋下氏は理解しているのだと思います。
橋下氏と伊藤氏は違うどころか、全く異論なく全面賛同という関係である。橋下氏も喜びに満ち溢れ、自信を持って、篠田は「アホ」「心底頭悪い」「頭がおかしくなった」と、繰り返しツィートしたくなったのも、無理はない。
伊藤氏は、「私は、何もウクライナ国民に逃げろと強要したり説教しようとしているわけではありません。」と書く。だがその説明として、延々と書き連ねるのは、ただひたすら日本の太平洋戦争終結時のエピソードのみである。日本の歴史だけである。日本の話を延々と書き連ねるだけである。ウクライナはもちろんロシアの話などは決してしない。
「説教はしない、しかしウクライナ人は私の日本史の講義を傾聴しなければならない、そして日本史だけを根拠にした私の勧告に従うべきだ!」、ということである。伊藤氏によれば、もしウクラナイ人が従わなければ、NATOが現れてウクライナ人を従わせなければならない。
橋下氏は、深く感銘を受けていることだろう。
伊藤氏は、「首都キエフはロシア語発音ではなくウクライナ語に近いキーフと呼ばれるようになりました」と堂々と書いている。日本政府が公式に採用するようになったのは、「キーフ」ではなく、「キーウ」であることなど、伊藤氏にとっては本当にどうでもいい些末なことなのだろう。ウクライナ人がそんなことを気にするかどうかなどは、あるいはウクライナ問題に関心を持つ日本人の読者が気にするかどうかなどは、伊藤氏にとっては、全くどうでもいいことである。人類が進むべき真理は、1945年の日本にだけある。ただそれだけが重要である。
そして伊藤氏は主張する。
ウクライナにはNATOの基地もロシアの基地も作らないで中立の立場を選択し、緩衝国として生きていくという選択肢もあるのです。今回のウクライナ戦争の原因の一つがNATOの東方拡大にあるという評価は、けっしてロシア擁護という一方的な見方ではないことは、時間がたてば理解されることでしょう。また、日本の安全保障のあり方としても、勇ましい軍事国家や核共有を目指すのではなく、憲法の理念に従って、周辺国に脅威ではなく「安心を供与」する緩衝国として軍縮や核廃絶を目指すことも選択肢として捨ててはいけません。
伊藤氏によれば、これは「説教」ではない。ただ日本の歴史に、普遍的な人類の生きるべき道しるべが記されていることを教えているだけである。ウクライナ人に日本史を講義し、日本の1945年のエピソードだけを根拠にしてウクライナ人に未来に進む道を示す伊藤氏は、全く「説教」などはしていない。ただ人類の歩むべき普遍的真理を示しているだけである。
その伊藤氏の啓示的な教えによれば、ウクライナは「中立」化し、「緩衝国として生きていく」べきである。言い換えれば、プーチン大統領の要求を全部呑んで生きていけ、ということである。
ただし、伊藤氏によれば、これは「降伏」ではない。伊藤氏によれば、これは「説教」でもない。なぜなら伊藤氏は、ウクライナ人が従うべき普遍的な真理を、日本の1945年の歴史を知っているがゆえに、誰よりもよく知っているからである。「キーウ」を「キーフ」と思っているとか、そんな些末なことは、全く取るに足らないどうでもいいことである。
残念ながら、国際政治学者としては、このような橋本氏=伊藤氏の世界観は、受け入れられない。この世界観では、国際政治学者などは存在理由を失い、粛清されるだけではないか! もちろん国際政治学者を国際政治学者であるという理由で、あるいはそもそも学者であるという理由で、激しく罵倒する橋下氏にしてみれば、まさにそれこそが重要課題だ、ということになるのかもしれない。
となると、いずれにせよ、次のようには言わざるをえないようだ。国際政治学者の私が、ウクライナ人とともに、橋下氏=伊藤氏に抵抗を試みるのも、理由のないことではない、と。