経済学者に再エネの「合成の誤謬」を指摘してもらいたい

櫻井 三紀夫

zhengzaishuru/iStock

はじめに  

読者の皆さんは、「合成の誤謬」という言葉を聞いたことがおありだろうか。

この言葉は経済学の用語で、「小さい領域・規模では正しい事柄であっても、それが合成された大きい領域・規模では、必ずしも正しくない事柄になってしまうこと」という意味の言葉である。

上杉鷹山
出典:Wikipedia

「合成の誤謬」の事例としてしばしば取り上げられるのは、有名な米沢藩藩主・上杉鷹山が行った藩政改革である。

鷹山は、米沢藩主に就任して藩の疲弊に直面し、これを立て直すために苦心惨憺する。重要施策は財政再建であり、そのために藩内の産業を盛り上げて収入を増やす政策に取り組む。特に、産業の原料植物であるベニバナ・楮・ミツマタ・桑の栽培を奨励し、染料や日本紙、絹の生産を高めて諸藩に売り込み、藩財政を立て直した。

日本各地の藩政が破綻していた時代に、藩の経済を立て直した鷹山の改革は称賛され、ケネディ大統領が「日本で一番尊敬する人物」として名前を挙げるほどに有名になった。

しかし、これは「小さい領域での成功」である。米沢藩の周りには、300諸侯が治める藩があり、増産した物品を買ってくれる市場があった。もしも鷹山が幕府に乗り込み、幕府命令として全国の大名にベニバナ・楮・ミツマタ・桑の栽培を奨励し、染料や日本紙、絹の生産量を高めた場合、どうなるだろうか?

商品は過剰生産になり、巷に売れ残り品が溢れ、価格が暴落して、意図した収入の増加は見込めなくなる。価格の暴落で、米沢藩の財政すらも再び破綻に追い込まれることになる。

つまり、「小さい領域での成功は、それを合成した大きい領域では誤りとなることがある」ということであり、これを経済学では「合成の誤謬」と呼んでいる。「合成の誤謬」は、何かを行う領域・規模の外側に、その何十倍・何百倍の広い領域・規模が存在しない場合に発生する事象である。

太陽光発電は?

太陽光発電は、昼間、日光が充分に降り注ぐ時にフルパワーを発揮するが、曇・雨・夜間には発電を停止する。停止した時には、火力・原子力・水力発電、蓄電池などの力を借りて電力を補充する。そういうシステムが出来上がってさえいれば、太陽光は発電時にCO2を発生させない電源として、有用な役割を果たせる。特に、離島や過疎地など、電力系統を張り巡らせるのが困難な地域では、太陽光+蓄電池というシステムが地域内の生活を電化するのに効果的である。

これはすなわち、「小さい領域・規模での成功」の事例である。それでは、これを全国規模に拡張したらどういうことになるであろうか。

晴れの昼間の太陽光発電の割合が電力系統全体の10%程度以上になるような大規模化が行われた場合を考えてみよう。この時、火力発電は、太陽光の電力相当分を発電する必要が無くなるので、出力を下げる、または、一部の発電所を停止する(その分CO2の排出量が減る)。

しかし、いつ陽が陰るか分からないし、いずれにしろ夕方には太陽光の発電が止まるので、火力はいつでも出力アップができるように待機運転していなければならない。発電設備のメンテナンスと運転員の配備は続けていることになる。つまり、出力を下げて電気料金は稼げないのに、コストは掛かったままである。この状態が毎日継続するため、発電会社は経営不振に陥って、火力発電設備の維持ができなくなり、発電所を閉鎖することになる。

日本中で火力発電所の多数基が閉鎖されれば、ある日、広域で曇・雨になった昼間、太陽光が発電できず、補充する火力も不足するという事態になり、広域停電が発生することになる。

すなわち、「小さい領域・規模でうまくCO2排出削減対策になると信じられている太陽光発電が、大きい領域・規模に拡大することにより電力系統自身の機能を損ない、社会インフラとして成り立たなくなる」という「合成の誤謬」がおきるのである。

国の2030年CO2排出削減計画(小泉元環境大臣)では、CO2排出削減目標を−46%とし、再エネを38%に増やして、火力を76%(2019年)から41%に削減すると言っており、この時太陽光発電が担う電力の割合は15%、太陽光発電設備は1億800万kWを建設するということになっている(下表参照)。

この目標数値が実現した場合、太陽光発電が占める割合が大きくなるのと共に、その外側の領域(=火力発電などの規模)が小さくなって、あたかも、上杉鷹山が幕府に乗り込んで全国的に原料農産物の増産をやらせたような状態になる。

すなわち、自分(=太陽光)の生産量(15%)に対して外の市場規模は85%(100-15=85)であり、6倍以下(85/15=5.7)しかなく、また、自分(=太陽光)の生産設備(1億800万kW)に対して外の生産設備は1億7000万kW(*3に解説)であり、1.5倍程度(1億7000万/1億800万=1.6)しかない状態となっていて、自分の変動分(曇・雨・夜の時間帯)を外から補充・調整してもらえる状態ではなくなっている。

外界が1.5倍程度ということは、上杉鷹山が、東北・関東・中部(合計面積1.0相当)の大名に農産品を作らせ、それを近畿・北陸以西+北海道(合計面積1.5相当)の大名に売り込んで収入を得ようとするようなものである。晴れの昼間は過剰生産で売り圧力が強すぎて価格が暴落し、売り上げの増加は見込めないし、曇・雨の日は生産がゼロ近くに低下するが周りの生産設備が自分の1.5倍しかないから補充が充分に回ってこない、という状態になる。

それと同じことが、国の2030年エネルギー目標に書かれているのである。

なお、 これまでの十何年間、太陽光発電の普及を図るために政策的に太陽光発電の電力を高値で電力会社に買い取らせ、その買取り資金を再エネ賦課金として電気料金に含めて消費者から徴収してきており、日本の電気料金は世界的に見て高いレベルになっている。今後、太陽光の割合がさらに大きくなるのに伴って、「火力発電が維持できなくなる=太陽光の曇・雨・夜間停電を補充する電力が不足する」のを防ぐために、政策的に火力発電に資金的救済を施して火力を維持する措置が必要になるであろう。電気料金はますます高くなっていく。

電力消費者は、再エネ賦課金に加えて、火力維持賦課金を負担する覚悟が必要であり、また、より経済性の良い別のエネルギーミックス政策を構築していく等の動きが不可欠なはずだ。

エネルギー問題は正に経済学の重要課題になっていると言えよう。

他のエネルギー源ではどうか

太陽光以外の再生可能エネルギー、例えば、風力や蓄電池利用ではどうか。

風力発電の割合が少ない時は、風力発電の出力変動を火力で補うことが可能で、風が吹いている時には火力を止めて、CO2の排出を減らせる。しかし、発電割合が10%を超える規模に拡大した状態では、太陽光と同様、火力発電の経営問題に至り、火力が維持できなくなって結果として風が止まった時の補充電源が得られず、風力自身が社会インフラを担うことができなくなる。

蓄電池利用の場合も、離島の電源設備のように規模が小さければ、太陽光や風力に併設して島の電源として社会インフラとなりうる。しかし、それを国レベルの大規模な電源に拡大しようとすると、大量の蓄電池確保が必要となり、原料のリチウムやコバルトを世界中から調達して来なければならず、同じ目的を持つ世界の国々との争奪戦を勝ち抜き、高い買い物をして、資源採掘国の環境を破壊するような事態も発生させることになった上でないと、必要とする蓄電池を確保することはできない。

すなわち、いずれも、「合成の誤謬」の真っただ中にいるわけである。

経済学者に指摘してもらいたいこと

以上述べてきたように、(不安定)再生可能エネルギー(太陽光・風力)の電源は大規模利用には限度があり、2050年カーボンニュートラル・脱炭素化などの目的のために規模を大きくしようとすればするほど、電力系統の成立性を損ない、需要と供給のバランスを悪化させて大規模停電の発生頻度を高めることになる。

また稼働率が原理的に13%にしかならない(曇・雨・夜に発電できないので)太陽光発電設備を、総発電設備容量の40%以上(1億800万/2億6000万=0.42)も建設するコストや、補充電源用の火力の維持費用のため、電気料金が大幅に高いものになってしまう。このような問題は、工業・産業の技術論というよりも、経済学の領域の社会の効率性の問題であろうと考えられる。

これまで、再エネの成立性・課題・影響・脱炭素化などの議論は、新聞等のマスコミでも、技術的な問題として技術欄・産業欄に掲載されることが多く、技術論に関心のない読者は読み飛ばしてしまって提供された情報が浸透していかない、という傾向にあったと思われる。

しかし、実際には、再エネを大規模に導入するということは、その成立性・効率性・社会的影響という点で、本質的に経済学の問題であり、マスコミの経済欄・社会欄・文化欄で取り扱ってしかるべき問題であろう。

上記2と3の項で記した「合成の誤謬」の例では、起こるであろう事象を定性的に筋立てして現象を説明したが、これらを経済学的・社会学的に定量的に評価して、エネルギー源として、どのくらいの規模の投資が必要で、どのくらいの資産が失われ、どのくらいの停電が発生するか、それによりどのくらいの国力喪失が起き、どのくらい国民の貧困化に影響するか、等を経済学者・社会学者に指摘してもらう必要があると考える。

それらを、マスコミの経済・社会・文化のページに掲載して、技術論になじまない読者にも関心を持って読んでもらえるように解説してもらいたいものだ。

 

<注記>

(*1)資源エネルギー庁 エネルギー基本計画(素案)の概要(P12、19)令和3年7月21日

(*2)太陽光発電設備量1億800万kWは、2021年7月小泉環境相(当時)の発表数字。

(*3)日本の発電設備総容量(2015年)は2億6000万kWであり、内訳は、火力59%(15300万kW)、原子力16%(4100万kW)、水力19%(4900万kW)、太陽光等6%(1500万kW)であった。2030年までに太陽光が1億800万kWに増加する一方、火力は大幅に削減されるが、火力の設備容量の目標値が公表されていないので、以下のように推定した。

表1にあるように、火力の発電量を2019年76%から2030年41%に減らすので、少なくとも、発電設備容量も41/76=0.54以下になると推定される。2015年の火力設備容量を54%に減らすと、15300 × 0.54=8300万kWである。

原子力、水力はCO2を発生しないので、2015年当時の設備が維持されると考えると、それぞれ4100万kW、4900万kWである。従って、いわゆる安定電源設備合計は、8300万+4100万+4900万=1億7300万kWとなる(ちなみに、2030年の風力設備目標は、洋上:1000万kW、陸上:約2000万(⇐1800万~2600万を丸めた)kWと設定されているので、太陽光・風力も含めた発電設備総容量(2030年)はおよそ1億7300万+1億800万+3000万=3億1100万kWに増えていることになる)。