ジェノサイドは単なる言葉か?

重みがあった言葉

もし私たちが『大量虐殺』という言葉を使い、何もしていないと見なされたら、11月の(下院)選挙にどんな影響を与えるだろうか

上記の発言は当時の国務省のアフリカ担当国務次官補であったスーザンライスから発されたと報道された。ルワンダで進行していた民族浄化の対応にクリントン政権が逡巡していた際である。

彼女は後にオバマ大統領の安全保障補佐官になり、リビアで大使館職員がテロ攻撃で殺害されたベンガジ事件が無ければ国務長官のポストも視野に入れていた。さらに、カマラ・ハリス副大統領と並んでバイデン大統領の有力な副大統領候補としても検討されていた。現在はバイデン政権の国内政策アドバイザーの役職に就いている。

ライス氏がしたとされる発言(ライス氏は否定はしているが)はジェノサイドと向き合う際のジレンマを表している。

他国で虐殺が進行している状態は悲惨であるし、その状況から命の危機に瀕している人々を守りたい衝動に駆られる。その状況で何もしなければ、政府が道義的責任を果たしていないとして民主主義国家の場合であれば時の政権が支持を失う可能性もある。

一方、そのような混沌とした情勢に首を突っ込むことは、逆に引きずり込まれることにつながりかねず、こちらも政権の支持率を下げる要素になりかねる。ジェノサイドに対して何もしないことも、何かすることも、政治的なコストが付きまとう。

このルワンダの一件以降、ルワンダで不介入を貫いた反省を考慮してか、人権などの価値観を守る名目でアメリカは軍事介入を繰り返してきた。コソボ空爆、アフガニスタン戦争、リビア介入など無数に挙げられる。

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現代においても、中国やロシアなどの大国と言われる国々が、国家主導でジェノサイドを実施しているとの批判が存在する。その度に、アメリカを含めた西側諸国は上述したジレンマに苛まれるはずだ。

しかし、筆者はジェノサイドという単語が強調される一方で、それを防止するための実効的な手段を欠いている現状があると考える。

乱発されるジェノサイド認定

トランプ政権からバイデン政権にかけて、人権を蹂躙する国をジェノサイドを実施していると政府高官が明言するのはは珍しいことではなくなった。トランプ政権末期、ポンぺオ国務長官は中国が新疆ウイグル自治区でジェノサイドを行っていると認定し、バイデン政権はその決定を追随した。

また、ウクライナ各地で戦争犯罪を犯しているとの疑いを持たれているロシアに対して、バイデン大統領はジェノサイドに加担している言明し、その指導者のプーチン大統領を戦争犯罪人だとはっきりと述べている。

ウイグル、ウクライナで起こっている人権弾圧は由々しきことであり、強く非難されるだけではなく、強制力を持った措置で改めさせなければならない事態である。しかし、ジェノサイドという強い言葉とは裏腹に、西側諸国とそのような行為に及んでいる国々との関係は実質的には現状維持、場合によれば依存度が増していると指摘することもできる。

NYタイムズによると、2021年のアメリカの貿易赤字は史上類を見ない額まで到達し、その中でも顕著なのが中国との経済的依存度の深化だ。人権問題、経済安保の懸念がありながらも、2021年のアメリカの中国からの輸入は21.4%も増加し、加えてアメリカから中国への輸出額も前年度比で14.5%上昇している。

欧州を見ても、政府声明や非軍事的支援などを通してウクライナを支援しているものの、ロシアの戦争遂行を手助けをしている石油、天然ガスの購入を依然と続けている。そして、欧州の著しく高いロシアへの依存度はエネルギーミックスの再構築を短期的には困難にしている。

このように西側は言っていること、実際にしていることのギャップがあり、理由は各国によって違うが、事実、西側諸国はそのギャップを縮めることを怠っている。

軽くなった為政者の言葉

当然ではあるが、国際政治は綺麗ごとでは通用しない。国内社会とは違い、国際社会は世界政府によって暴力的手段が独占されていない無政府状態である以上、国家は国益のために自助努力を続ける必要がある。その中で、一見すると矛盾する行為に従事する可能性も出てくる。

だが、それを考慮してもルワンダ虐殺の際と比べて、ジェノサイドという言葉の重みが軽く感じる現実はいかがなものなのか。西側諸国はジェノサイドが存在する事実を認定することで人助けをしているという実感を得ていると勘違いしているのではないか。

バイデン大統領のロシアのレジーム・チェンジを匂わせる発言といい、政治指導者が発する言葉がどうしても軽く感じてしまう今日の国際政治である。