ゲアハルト・シュレーダー元独首相(首相在任1998年10月~2005年11月)の米紙ニューヨーク・タイムズとのインタビュー(4月23日)の内容が注目されている。インタビューの焦点はロシアのプーチン大統領とシュレーダー氏の関係だ。ロシア軍のウクライナ侵攻後、親ロシア派だった政治家、芸術家、スポーツ選手が次々とプーチン氏に距離を置きだしているなか、シュレーダー氏はこれまでプーチン氏を一切批判していない。
シュレーダー氏(78)は会見の中で、「欧米のプーチン像は事実の半分でしかない。ウクライナの首都キーウ郊外のブチャの虐殺もプーチン氏が命令したものかどうかは分からない。軍下位の人間が命令したものかもしれない」とプーチン氏を終始擁護し、「プーチン氏は、『自分も停戦したいが、簡単ではない』と述べていた」という。ロシアがウクライナのクリミア半島を併合した時、ロシアを最初に擁護したのがシュレーダー氏だ。欧州連合(EU)のウクライナ政策を批判し、「EUはクリミア半島の危機を煽っている」、「EUはクリミア半島の地勢学的な状況への理解に欠けている」と批判し、プーチン大統領を庇っていた。
ドイツ放送のフランク・カペラン記者の情報(2月7日)によると、シュレーダー氏はプーチン大統領から国営企業ロスネフチの監査役会の仕事を得て、年間60万ユーロを受け取り、それに加え、独ロ間の天然ガスパイプラインの「ノード・ストリーム2」の株主委員会メンバーとしての報酬は25万ユーロと見積もられる。ほぼ同額の報酬がガスプロムの新しい監査役会のポジションに対しても支払われている。シュレーダー氏がプーチン氏から年間100万ユーロ以上(約1億3000万円)の金を受け取っていることになる。
ただ、プーチン氏とシュレーダー氏との関係は経済的な繋がりだけではなく、それ以上に、両者には人間的な繋がりがあるという説がある。ニューヨーク・タイムズ紙記者は、「両者は共にマッチョ・タイプだ」と述べている。シュレーダー氏自身は昔、「プーチン氏と自分は貧困家庭出身という出自で似ている」と述べたことがある。
シュレーダー氏が所属しているドイツの社会民主党(SPD)ではプーチン氏を支援するシュレーダー氏の党追放を求める声が日増しに高まっている。それに対し、プーチン氏は、「シュレーダー氏は正直な人間だ。ドイツ人が高いガス代を払いたくないのならば、シュレーダーに感謝すべきだ。彼は常にドイツの国益のために動いている」と説明し、ドイツ国内のシュレーダー批判を一蹴している。
ここまで書いてきて重要な事を思いだした。在ベルリンの韓国人団体「韓国協会」(Korea Verband)が2020年8月28日、ベルリン市ミッテ区で少女像(慰安像)を設置した。同区は日本側の抗議を受け、少女像を撤去させる予定だった時だ。シュレーダー夫妻は少女像撤去指示に抗議し、ドイツ当局に決定を撤回すべきという趣旨の手紙を送っている(韓国中央日報)。
韓国人女性と再婚したシュレーダー氏は当時、「慰安婦は女性の性的搾取に抗議するものであり、女性の権利を擁護するシンボルだ」と語っている。シュレーダー氏は戦時中の女性の権利擁護をアピールしたのだ。ちなみに、「少女像」にある碑文には「第2次世界大戦当時、旧日本軍がアジア・太平洋全域で女性たちを性奴隷として強制的に連行していた」と記述されている。
シュレーダー氏は2017年9月、韓国を訪問し、文在寅大統領と会見する一方、旧日本軍の慰安婦被害者が共同生活を送る施設「ナヌムの家」(京畿道広州市)を訪問し、そこで日本の歴史問題に対する対応を批判し、韓国国民の歓迎を受けたことを思い出す。
シュレーダー氏は当時、女性の権利を擁護するために貢献している慰安婦たちをノーベル平和賞に推薦する韓国国会内の動きに対し「私も支持する」とエールを送っている。
それでは戦時中の女性の権利擁護、性的搾取に憤慨するシュレーダー氏がウクライナ戦争で多くのウクライナ女性が性的搾取されたり、迫害されているのにどうして声を上げて抗議しないのか、といった疑問が湧いてくるのだ。BBCでレイプ問題の専門家がロシア軍がウクライナ国民の士気を落とすために意図的に女性をレイプするケースを報告している。また、英日刊紙ガーディアンは4月4日、「武器としてのレイプ:ウクライナで引き起こされている大規模な性的暴力」というテーマで報告している。シュレーダー氏が知らないはずがない。
シュレーダー氏だけではない。韓国側にもいえる。女性の権利のために世界に少女像を設置してきた韓国はいまこそ、プーチン氏に抗議すべきだろう。ベトナム戦争下の韓国兵士のベトナム女性への性的問題を忘れてはいないはずだ。いずれにしても、シュレーダー氏にも韓国側にも、どの国以上にプーチン氏に抗議すべき理由があるはずだ。シュレーダー氏には友人のプーチン氏にガーディアンの記事のコピーを送って強く抗議してほしい。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年4月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。