原子力規制委員会に「再稼動の是非」を判断する権限はない

池田 信夫

東洋経済オンラインに掲載された細野豪志氏の「電力危機に陥る日本「原発再稼働」の議論が必要だ」という記事は正論だが、肝心のところで間違っている。彼はこう書く。

原発の再稼働の是非を判断する権限は原子力規制委員会にある。原子力規制委員会の頭越しに政府が再稼働を決めることは法律上できない。原子炉等規制法で「原子力規制委員会の確認を受けた後でなければ、その発電用原子炉施設を使用してはならない」、すなわち再稼働することはできないと規定されている。

これは誤りである。内閣は2014年2月21日の答弁書で「発電用原子炉の再稼働を認可する規定はない」と表明しているからだ。再稼動を認可する規定がないのに、原子力規制委員会にその「是非を判断する」権限があるはずがない。

マスコミでは再稼動という言葉は「新規制基準を満たして運転する」という意味で使われるが、そんな言葉は法律にない。新規制基準に適合しなくても、既存の基準にもとづいて運転できるからだ。

安全審査を定期検査にからめた「田中私案」

細野氏のいう「原子力規制委員会の確認」とは、原子炉等規制法43条3-11の「使用前事業者検査」のことだと思われる。ここでは「使用前事業者検査について原子力規制委員会の確認を受けた後でなければ、その発電用原子炉施設を使用してはならない」と定めている。

これは安全審査が終わった新しい施設を電力会社が使用する前に行う検査で、規制委員会の行う安全審査とは別である。これを委員会が確認するのは、運転開始するときだけで、これは毎年1度おこなう定期検査とは別である。

定期検査のときは原子炉を止めるが、安全審査のために運転を止める必要はない。たとえば原子炉建屋とは別のテロ対策施設の審査は、運転と並行して行うことができる。

ところが「安全審査が終わるまで原子炉の運転を許可しない」と決めたのが、田中私案と呼ばれる田中俊一前委員長の非公式メモである。そこにはこう書かれている。

新たな規制の導入の際には、基準への適合を求めるまでに一定の施行期間を置くのを基本とする。ただし、規制の基準の内容が決まってから施行までが短期間である場合は、規制の基準を満たしているかどうかの判断を、事業者が次に施設の運転を開始するまでに行うこととする。(施設が継続的に運転を行っている場合は、定期点検に入った段階で求める。)

ここで「新たな規制」というのは新規制基準のことで、規制が強化された時点でほとんどの原発は「不適合」になるが、その運転をただちに止めることはない。建築基準法の改正で耐震基準が強化されても、既存の建物が立ち入り禁止にならないのと同じだ。安念潤司氏も指摘するように「再稼動の申請」なる手続きが、法令には存在しないのだ。

安全審査は運転と並行して行うもの

このメモにも書かれているように、通常は一定の施行期間を置いて全国の原発の安全審査を順次おこない、新規制基準への適合を求める。それとは別に定期検査(田中氏は「定期点検」と一貫して誤記している)は既存の基準に適合したら終了し、運転を開始する。

安全審査は運転と並行して行うものだ。原子炉を止めないとできない審査もあるが、ほとんどの審査は書類審査なので、運転を止める必要はない。ところが田中私案で、安全審査が終わるまで運転を認めないという(法的根拠のない)慣例ができてしまった。

田中私案で「規制の基準の内容が決まってから施行までが短期間である場合」と書かれているのは、安全審査が迅速に行われて数ヶ月で終わる場合には、それまで運転再開を延期するという意味だろう。電力業界も、審査が半年ぐらいで終わるならしょうがないと考えてこれを認めたが、審査は予想を超えて長期にわたった。

さらに「地元同意」という政治がからんで、田中私案から9年たった今も、審査中の27基のうち10基しか動いていない。そのうち5基が特重(特定重大事故等対処施設)でまた止められた。くわしいことはGEPRに書いたが、このメモで決まった運用で原発が止まっていることが最大の問題である。

資源エネルギー庁

テロ対策のために原子炉の運転を止める必要はない

この点は2020年の法改正で、改正された。規制委員会のガイドラインでも、委員会の行う「審査」と電力会社の行う「検査」が別に分類され、使用前検査と定期検査がわけられている。

細野氏のいうのは、このうち1の「使用前検査」で、これは規制基準に適合するかどうかを委員会が審査し、「合格した後でなければ、その施設を使用してはならない」と明記されている。ビルでいうと、建築確認のようなものだ。

それに対して「施設定期検査」は毎年、電力会社が行う検査である。これは1で合格した規制基準で行うもので、安全審査とは別である。この検査には委員会の原子力施設検査官が立ち会うだけで、裁量の余地はない。施設が既存の規制基準に適合していたら、運転は再開できる。耐震基準が強化されても、建築確認を新たに出さないのと同じだ。

ただしそれとは別に「設置(変更)許可の審査」と書いてあるのが曲者だ。設置許可は最初に発電所を建設するとき行うもので、運転とはリンクしていないが、設置変更許可が使用前検査の合格の条件になるとも読める。

このように法改正されたのに、安全審査と運転の混同が続いている。特に設置変更許可が出て再稼動した関西電力高浜1・2号機と美浜3号機の原子炉が、別の建物の特重(テロ対策)のために停止されているのは法的根拠がない。

特重は発電所の中央制御室のバックアップを秘密の場所に建設するもので、原理的に原子炉の運転とは独立である。規制委員会は「特重施設が稼働するまで本体を動かしてはならない」という行政指導(保安規定認可)で原子炉を止めたが、関電がこれに従う必要はない。テロ対策施設は、運転と並行して建設すればいいのだ。

他方、委員会が柏崎刈羽6・7号機について東電に出した是正措置命令は、原子炉等規制法(43条3-23-2)にもとづく運転停止の命令であり、法的根拠がある。これ以外の「再稼動停止」は法令にもとづく命令ではないので、定期検査の終わった電力会社は運転すればいい。

したがって細野氏のいう「原子力規制委員会の頭越しに政府が再稼働を決めることは法律上できない」というのは誤りである。原子炉本体とは無関係な特重施設の審査で運転を止めている委員会の行政指導には法的根拠がないので、政府はただちに再稼動を認めるべきだ。

【訂正】コメントで指摘を受けたが、2020年の法改正で「使用前事業者検査」が別の意味になっていたので訂正した。しかしこれと安全審査は別である。保安規定については、別の記事で書いた。