セルビア大統領「全方位外交」の行方

看過できないニュースが流れてきた。“バルカンの盟主”セルビアに中国製の最新防空システムFK-3が装備されたという。セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領は先月末、ベオグラード近郊にあるバタイニツァ軍用基地での軍事ショーで、「セルビアは中国から近代的な軍事装備を入手することができた」と述べ、中国製の防空システムFK-3を公表した。

セルビアが購入を希望するフランスの戦闘機ラファール(Wikipediaより)

セルビアは2019年に中国からの防空システム購入を決め、今年4月に中国から最初のコンポーネントが納品された。バルカン半島の中心国で中国製防空システムが装備されることに米国は警戒し、これまで購入しないように要請してきた経緯がある。

中国製のシステムは航空機、ミサイル、ドローンから防御できる。ロシアのS-300システムを基本に製造されたものだ。セルビア軍は2020年、ロシアの防空システム、パーンツィリ-S1を既に装備済みだ。

「民族の火薬庫」と呼ばれるバルカン半島の盟主セルビアでロシア製に次いで今度は中国製の防空システムが装備されるというわけで、バルカンや欧州周辺国に大きな波紋を投じることになった。それもロシア軍がウクライナに侵攻中の時だ。ウクライナからそう遠く離れていないセルビアがロシアと中国の2大国と緊密な軍事取引をしているからだ。

セルビアで先月3日、大統領選と議会選、地方自治体選が同時に行われ、ヴチッチ大統領が1回目投票で再選を決める一方、同大統領が率いる与党「進歩党」(SNS)は第1党を堅持した。ロシアのプーチン大統領は早速ヴチッチ大統領に祝意を伝えるなど、セルビアとの伝統的な友好関係を改めて確認させたばかりだ。

同時に、セルビアは中国との経済関係を深め、習近平国家主席が提唱した新シルクロード計画「一帯一路」に積極的に関与し、セルビアの首都ベオグラードからハンガリーのブタペストまでの高速道路を中国から21億ドル(約2300億円)の支援を受けて建設中である。中国側が建設資金の85%を融資することになっている。

ヴチッチ大統領はまた、ロシアからは経済的、軍事的支援の他、天然ガスや原油の供給を受けている。セルビアから離脱したコソボ自治州に対してロシアは国家承認を拒否し、セルビアを支援してきた。セルビアは伝統的に親ロシアで同じスラブ系だ。そのうえ、主要宗派のセルビア正教会はロシア正教会とは密接な繋がりがある。

セルビアは親ロシア・中国路線を継続する一方、欧州連合(EU)加盟を模索している、といえば、直ぐにEU・北大西洋条約機構(NATO)加盟国のハンガリーのオルバン政権を思い出す。オルバン政権はロシア、中国との経済関係強化を推進中だ。ただし、EUのブリュッセルは「言論の自由」「司法の独立」といった法の支配を無視するオルバン政権を批判し、欧州司法裁判所(CJEU)は2月16日、「加盟国に対するEU予算の執行の一時停止を可能とする条約設定規則を適法」と判断し、EUが法の支配原則を無視する加盟国に制裁ができることになった。

ヴチッチ大統領は欧米の対ロシア制裁には参加していないが、3月2日の国連総会緊急特別会合では、セルビアはロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議案に賛成を投じている。中国は国際社会の批判を避けるために棄権に回ったように、セルビアも棄権する道があったが、賛成票を投じた。アクロバットのような外交を展開させているわけだ。

セルビアは最大の貿易相手のEUの加盟を目指しているが、NATO加盟は望んでいない。NATO軍が1999年、コソボ戦争の時、ベオグラードなどを空爆した際に多くの被害を受けたトラウマが払しょくできないこともあって、セルビアはNATOに強い反発を有している。ただし、NATOの「平和のためのパートナーシップ」(PfP)プログラムには参加している。

ヴチッチ大統領は先月末の軍事ショーの中で、セルビアが12機のラファール戦闘機の購入についてフランスと交渉中であることを明らかにした。EUの主要国フランスと巨額の軍事取引を実施することで、EU加盟を促進させる一方、セルビアの親ロ・親中路線へのEU内の批判をかわす狙いがあるはずだ。ヴチッチ大統領の全方位外交というべきかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。