前回のコラムで解説したが、欧州では管理職や軍人など、リーダーになる人間はきついジョークにもうまく切り替えせるユーモアのセンスが重要だ。
リーダーこそ笑いを求められる感覚というのは、特に北米やイギリス、オーストラリア、ニュージーランドといったいわゆるイギリスの旧植民地は強めだが、これがオランダ、ドイツ、スイスなどのゲルマン圏や、イタリアやスペイン、フランスなどのラテン圏、東欧諸国になると薄めになる。
特にゲルマン圏は、英語圏に比べると極めて真面目腐っていてあまり冗談を言わない。
もちろん日本と比べるとジョークを言うほうだが、アメリカやイギリスのくだけた感じはないのである。従ってそういったお笑いの感覚の違いが時には文化的な軋轢を生むことがある。
ゲルマン圏に比べると、北欧圏やラテン圏のジョークはブラックな感じだ。イギリスほどではないが、自虐ギャグも少なくないので、日本人はギョッとするだろう。
そして北米や欧州で割と一般的なジョークというのが、見た目や人種、性、階級、年齢、宗教、政治をギリギリの線でネタにすることである。
例えば先日アカデミー賞でウィル・スミスにはたかれたクリス・ロックの場合、自身がアフリカ系アメリカ人であるが、アフリカ系アメリカ人の犯罪率の高さや無学なことなどを自虐的に馬鹿にするネタが持ちネタである。
例えば以下のような感じである。
- 黒人が一番キライなのは誰か知ってるか? 俺は知ってるよ! 黒人だよ、黒人! 怠惰で無学な黒人!
- 悪い黒人を避けるにはどうしたらいいか知ってるか? 本を投げるんだよ。本! 本は奴らの天敵!! 現金は本に隠しとくといいぞ。絶対に触らないから!
- 黒人が誇ること! それはだな、物を知らないことだ! 無知なのは偉い! 『アラバマの首都はどこかしってんか?』と聞かれたら『いやーしるわけねえだろ』と答える! これが正しい黒人!! 知らないことは偉いってのが黒人だよ!
ちなみにこの持ちネタの観客はアフリカ系アメリカ人である。
自分自身がゲイであったりアジア系やユダヤ人、肥満、貧困層、ヤンキー、家族に犯罪者がいるなどという人が、 そういったことをネタに自虐ギャグをやるのが定番である。またこれは北米や欧州の人種的な多様性を反映したものであるが、人種間対立をネタに笑うものも多い。
したがって クリス・ロックがウィル・スミスの妻の剃髪した頭を「GIジェーンの次作の準備か?」とネタにした時も大笑いしてる人が多かったのだが、あの場にいた人は、妻もしくはウイル・スミス本人が、それを自虐ギャグとして切り返すことが期待されていた。
そもそもこの夫婦はここ最近「オープンな結婚 」をしていることを公言していて、「結婚はしていてもお互いに好きな相手と関係を持ちましょう」ということを公表している。また、妻は21歳年下の男性と性的な関係を持ったことを公式に認めている。さらにアカデミー賞直前にウィルスミスは離婚の可能性については強く否定しているのである。
かなり前からウィル・スミスの妻は、自分自身にはそれほどの業績がないので本当にコバンザメのようにくっついて有名人として振舞っていると批判されていた。
したがって、クリス・ロックのこのネタは実は二重の意味があったのである。つまり「ゴシップネタで話題になるんじゃなく、あんたもやっと映画で話題になるんですかね?」ということである。
英語圏の人々はこの夫婦のこれまでの背景を色々知っているので、 その皮肉を受けて大笑いしていたわけなのである。
またクリス・ロックのこのようなネタが特に強烈かと言うとそういうわけでもない。
BBCのドラマ「The Office」で有名なイギリス人コメディアンのリッキー・ジャーヴェィスは、2020年のゴールデングローブ賞の司会を務めたが、その際に、 ロバート・ダウニー・Jrの麻薬中毒や武器所持をネタにするなど、恐ろしく辛辣なジョークで話題になった。
これはアメリカでは大変な驚きをもって受け止められ批判も出たが、ジョークのブラック度が遥かに高いイギリスでは大受けであった。
日本は北米や欧州と違い、人種や宗教も多様ではない上に、社会において様々な利害関係のあるグループが対立することもはるかに少ない。
したがってガス抜きをしなければならないような修羅場が少ないのだ。
そういった日本人にはこのような強烈なジョークの感覚というのは理解しづらいだろう。良いとか悪いという話ではなくて単に感覚が違うということなのである。
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