「キーウを訪問する考えは目下ない」
ドイツのショルツ首相は2日、公共放送ZDFとのインタビューの中でこのように語った。通常、訪問する計画がない場合、わざわざ公共の場で「自分は行かない」とはいわないものだ。やはり首相には心に引っかかることがあったわけだ。首相はその理由を説明していた。曰く「内外とも支援してきたわが国の大統領のキーウ訪問を断った国だ。考えられないようなやり方だ」というのだ。
ドイツのシュタインマイヤー大統領は4月12日、ポーランド、バルト3国の国家元首と共にキーウを訪問し、ロシア軍と戦争中のウクライナに対し欧州の連帯を表明する計画だったが、「キーウ側がどうやら私の訪問を歓迎していないようだ」という理由でシュタインマイヤー大統領は訪問を断念、ポーランドとバルト3国の大統領だけがキーウを訪問し、ドイツの大統領はワルシャワからベルリンに戻った。
ドイツにとって屈辱的な出来事であったことは間違いない。これまで意地悪してきた国から断れたのならば分かるが、財政支援、そして最近は重火器供給すら連邦議会での長い議論の末、決定するなど、ウクライナ支援では欧州の中でも最大の支援国だ。そのトップの訪問を歓迎しないとは何事か、といった憤りがドイツ側にあっても当然だろう。
キーウ側がシュタインマイヤー大統領の訪問を歓迎しなかった理由は大統領の外相時代の親ロシア政策にあるといわれる。その辺の事情は「ゼレンスキー氏のアンビバレンツ」(2022年4月15日参考)の中で書いた。シュタインマイヤー氏は2005年~09年、2013年~17年の2回、メルケル政権で外相を務めた。その外交手腕には定評があったが、ロシアに対してはメルケル政権下(「キリスト教民主・社会同盟=CDU/CSUと社会民主党との連立政権)では親ロシア政策が支配的だった。例えば、シュレーダー政権が開始したドイツとロシア間の天然ガスの輸送パイプライン建設「ノルドストリーム2」計画をメルケル政権は継続し、シュタインマイヤー氏は外相として推進させた。
駐独ウクライナ大使館のアンドリーイ・メルニック大使はウクライナ戦争の勃発後、ドイツのメディアに頻繁に登場し、ロシアを厳しく批判する一方、武器供給を渋るショルツ首相をプッシュしてきた。シュタインマイヤー大統領のキーウ訪問に最初に苦情を言ったのは同大使だ。同大使は日刊紙ターゲスシュピーゲルでのインタビューでは、「シュタインマイヤー大統領はウクライナがどのようになってもいいのだ。一方、ロシアとの関係は土台であり、神聖なものとさえ考えている」と辛らつに語っている。
ちょっと蛇足だが、日本国民はドイツ国民の反応をどの国以上に理解できるのではないか。ウクライナ政府は4月25日、支援国に感謝する動画を放映した。その中で米国やカナダ、スペイン、イタリアなど31カ国の国名が表示されたが、日本の名前はなかった。日本外務省も国会議員、そして国民も驚いた。記憶力のいい国民ならば湾岸戦争(1990年8月~91年2月)後のクウェート政府の感謝広告の件を思い出しただろう。クウェート政府が作成した感謝広告の中に日本の名前が支援国リストに入っていなかったのだ。
ウクライナ側の説明によると、軍事支援国を想定に感謝国を選んだからだという。日本は財政支援のほか、ヘルメットと防弾チョッキなどを支援したが、武器は支援していないから、最初の動画には入らなかったわけだ。新たに作成され27日に公表された感謝の動画には無事、日本国名が入っていたことで、一件落着した。
一方、ドイツの場合は財政支援のほか武器を供給し、中古とはいえ重火器(戦車)を供給することを決定したばかりだ。その額、規模からいえば、フランスなど他の国には負けない。その国の大統領がキーウを訪問し、ウクライナ国民を鼓舞したいと考えていたのだ。その訪問計画を断った。繰り返すが、ドイツ側には消化しきれない鬱憤が溜まったとしても不思議ではない。
普段は冷静で声を荒だてることが少ないショルツ首相が「僕は行かないよ」と語ったのだ。それに対し、メルニック大使はまた火に油を注ぐような発言をした。同大使はドイツ通信(DPA)とのインタビューで、「ドイツ首相の発言は侮辱されたと受け取ってそっぽを向いている子供のような振舞いだ。政治家らしくない」(Eine beleidigte Leberwurst zu spielen)と述べ、「われわれが直面している戦争は、ナチスによるウクライナへの攻撃以来、最も残酷な殲滅戦争だ。幼稚園にいるのではない」と語り、ショルツ首相を嘲笑したのだ。
同大使は、「ゼレンスキー大統領はキーウでショルツ首相を迎えることができれば幸いと答えている。ウクライナが必要なのは象徴的な訪問よりドイツ政府がウクライナへの重火器供給を早急に実施し、約束を果たしてくれることだ」と述べ、ドイツ側が約束したゲパード対空戦車の弾薬がまだ見つかっていないことを批判した、といった具合だ。
駐独ウクライナ大使の一連の外交官らしくない言動に対し、忍耐強いドイツ国民の中にもキレる人が出てきた。「大使はもう少し発言を慎むべきだ」、「支援を受けていて文句をいうとは何事だ」という怒りの声すら聞かれ出した。
欧米諸国のウクライナ支援、特に重火器供給が急務となっている時、欧州の盟主ドイツとウクライナとの関係が険悪化することは危険だ。双方は意思疎通を図ると共に、その言動には注意を払う必要がある。「戦時」の発言は「平時」の時より慎重であるべきだ。間違った判断や配慮の無い発言は国民の命にもかかわるからだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。